JR東日本:and E

Interview<br>スタートアップ企業とコラボすることで<br>新しい社会を提供する「新規事業のプラットフォーム」でありたい<br>〜JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長 柴田裕

柴田裕 しばた・ゆたか
1991年東日本旅客鉄道株式会社入社。駅での勤務を皮切りに、財務や経営企画、小売(出向)などに従事。2018年2月JR東日本スタートアップ株式会社代表取締役社長に就任。「JR東日本スタートアッププログラム」「未来変革パートナーシッププログラム」などを通して、ベンチャー企業とJR東日本グループをつなぐ役割を担っている。

Interview
スタートアップ企業とコラボすることで
新しい社会を提供する「新規事業のプラットフォーム」でありたい
〜JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長 柴田裕

JR東日本のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル※1)として設立されたJR東日本スタートアップ株式会社。ベンチャー企業や優れた事業アイデアを有する企業と共に、社会課題の解決や豊かで幸せな未来づくりを目指す「JR東日本スタートアッププログラム」や、スタートアップ企業をシード・アーリー(※2)の時期から支援する「未来変革パートナーシッププログラム」などを展開し、スタートアップ企業とJR東日本グループをつなぐ役割を果たしている。同社の柴田裕代表取締役社長に、JR東日本スタートアップが目指す姿や、昨今の「第4次ベンチャーブーム」と呼ばれる状況について話を伺った。

「JR東日本のCVC」として求めているもの

 JR東日本スタートアップは2018年に設立した会社で、JR東日本のCVCという位置付けです。この会社の目的は、企業に投資して配当による利益を求めることにはありません。鉄道、駅、エキナカ、駅ビル、ホテル、Suica…。JR東日本は、とても多くの生活シーンに密着した事業インフラを持っています。しかもサイバー空間とは違い、目に見えるリアルなサービスを提供している。それらに人材も含めたJR東日本グループの経営資源と、スタートアップ企業のアイデアや技術をつなげることで新しい事業を創り、お客さまの豊かな暮らしや社会につなげていく。これが目的です。ですから、JR東日本のCVCとして、JR東日本グループとシナジーがあることが活動の大前提となります。サイバー空間のみで勝負する事業には関心がありません。
 次に求めているのは新規性です。私たちは大企業ならではの新しいビジネスをやりたい。これまで社会にはなかったサービスをスタートアップ企業と生み出したい。その1つの取り組みとして、JR東日本の新幹線という高速ネットワークと、水産流通業界をITで改革しようという株式会社フーディソンの技術力をマッチングさせました。その結果、フーディソンと私たちとでつくりあげたのが"新幹鮮魚"という新たなサービスです。朝とれた鮮魚が、店頭での販売を通じて、その日のうちに新鮮なまま首都圏の食卓に並ぶ。今までにないサービスで、スタートアップ企業も私たちも汗をかきながら、実証実験を進めました。
 私たちは、この"新幹鮮魚"のように、新規性を追求したビジネスやサービスをつくりたいと考えて仕事をしています。スタートアップ企業と大企業がコラボするからこそ実現できるビジネスやサービスが必ずあります。

※1 投資にあたって財務的・金銭的なリターンを主目的とするVC(ベンチャーキャピタル)と違い、CVCは事業会社の事業の拡大・進化のための事業シナジーを追求することを主な目的として設立され、投資を行う
※2 ビジネスモデルやコンセプトはあるが、具体的な製品やサービスがまだ形になっていない状態

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「JR東日本スタートアップは、JR東日本グループの経営資源と、スタートアップ企業のアイデアや技術をつなげることでシナジーを起こし、豊かな暮らしや社会につなげていくために設立されました」と語る柴田社長

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株式会社フーディソンとJR東日本スタートアップのコラボにより生まれた「新幹鮮魚」という新たなサービス

事業性がないと継続性が失われる

 さらに大切なのは事業性です。JR東日本スタートアップは「新規事業をつくるCVC」を掲げています。事業である以上、採算が取れないといけない。この事業性が失われると、ボランティアになります。もちろん、ボランティアは悪いことではありませんが、継続するのはなかなか難しい。
 社会課題解決系のスタートアップ企業の皆さまはパッションが強いから、何が何でも目標を実現したい。一緒に取り組むJR東日本グループ社員も「世のため、人のため」の意識が強いので、ややもすると事業性を無視して突き進んでしまいかねない。1回限りならそれでもいいでしょう。しかし、社会課題の解決は継続して取り組まなければなりません。そのためにはどうしても、事業性の視点が必要です。だから、採算をどう取るかという議論は侃々諤々(かんかんがくがく)やります。

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「あなたの夢を未来へつなぐ 『明日』創造ステーション」は同社が目指す姿だ

 事実、障害のあるアーティストとライセンス契約を結んで、作品を社会に送り出している株式会社ヘラルボニーとも、侃々諤々やりました。高輪ゲートウェイ駅の工事現場を、ヘラルボニーが契約しているアーティストの作品で仮囲いしたときのことです。仮囲いは工事が終わったら撤去されてしまう。それでは障害のある方のお役に立った、仮囲いをご覧になったお客さまからお褒めの言葉をいただいたという、「よいことをした」という事実は残りますが、収支としてはプラスにならず、コストがかかったのみで終わってしまいます。では、どうすればよいのか。ヘラルボニーとじっくり話し合いました。
 結論は、工事の仮囲いは終わったら撤去されるけれども、それでは環境にもよくないからリサイクルしよう。仮囲いの素材は雨風がしのげればよいので、ターポリン素材で作る。そして撤去後は、裁断してバッグにアップサイクル(※3)して販売する。そんなビジネスモデルをつくったんですね。販売価格は2万6800円。決して安い価格ではありませんでしたが、どれもがオンリーワン。一瞬で売り切れました。ここで初めて、「やってよかった」となるべきなんです。
 ビジネスとして成り立つことで、アーティストの方々にも収益を還元できます。もちろん、ヘラルボニーも、私たちも一部をいただきますが、それがあるから継続できる。そうした視点を、これまで公益企業は見失いがちだったのではないかと思います。

※3 捨てられるはずだった廃棄物や不要品に新たな価値を与えることで、より次元・価値の高い製品を生み出すこと

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高輪ゲートウェイ駅前の工事現場での「仮囲いアートミュージアム」

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仮囲いアートをアップサイクルしてバッグにするという新しい事業モデルの構築

変わりたい大企業と社会課題を解決したいスタートアップ企業

 最近はスタートアップ企業の勢いが増しており、「第4次ベンチャーブーム」ともいわれています。この動きは、1999年以降に起こったITバブルの時の第3次ベンチャーブームとは明らかに違うところがあります。
 今でこそ、JR東日本だけでなく大企業がCVCを設立し、スタートアップ企業に出資するケースが増えていますが、その当時、大企業はほとんど動きませんでした。以前との違いは、JR東日本もそうですが、大企業側が「何かを変えたい」という切迫感のようなものを持つようになったからだと思います。ITバブルの時代、日本の大企業は、世界の中でもまだ勝ち組にいました。しかし、今やGAFA(※4)が世界を席巻しています。事業環境の変化が非常に早く、組織が大きいがため意思決定の遅い大企業が勝てる状況ではありません。しかも、多様化している。そうした切迫感や危機意識から大企業は本気で、変えよう、変わろうとしているのだと思います。
 これまで大企業は全てをグループ会社で賄ってきましたが、それではスピードが追いつかない。ニーズにも応えづらくなってきた。そこで、おそらく自前だとなかなか変わることができないから、オープンイノベーションを推進することにした。それが大企業によるCVCの設立や、スタートアップ企業への出資額の増加につながっているのではないでしょうか。
 一方で、スタートアップ企業側も、以前より存在感が大きくなっています。第3次ベンチャーブームのときは、ベンチャー企業というと「ITで一山当ててやろう」といったイメージを持つ人が多かったのではないでしょうか。でも、今はそのときと違うように感じています。社会課題解決にチャレンジしようというスタートアップ企業が増えているのです。
 ヘラルボニーをはじめ、環境問題や地方創生といった課題に対して、大企業以上に真摯に取り組もうという会社が増えた。IT技術を駆使するだけでなく、地道な努力で社会課題を解決しようと本気の本気で取り組む、尊敬できる会社がたくさんあります。
 例えば、株式会社VILLAGE INC(ヴィレッジインク)は、JR東日本の無人駅を活用してグランピング施設を開設しました。昔の駅事務室を改修したカフェを作り、そこでは地ビールや、地元で採れた大きなきのこを使った鍋料理を提供しています。また、グランピング施設を活用した「朝市」というものを開催して、地元の店に出店していただく。すると、そこに人が集まり、にぎわいが生まれるんです。当然、地元にはお金が落ちます。私たちが無人駅を維持する費用に頭を悩ませている中、VILLAGE INCのスタッフの方は、開設にあたって、本気で地方を救いたい、元気にしたい、しかも地元の人と連携したいと現地に移住までしました。その行動により、「JR東日本はこういうことをやらなければいけない」と教えられ、また反省もしました。VILLAGE INCのみならず、スタートアップ企業の姿勢から学ぶことは非常に多いです。

※4 グーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook)、アップル(Apple)の4社の総称

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グランピング施設「DOAI VILLAGE」(群馬県利根郡みなかみ町)で開催した「土合朝市」

大企業の強みは社会実装力

 JR東日本スタートアップが現在出資している37社(2022年3月31日現在)とは、全て事業提携というかたちでのつながりです。事業が継続していく以上、われわれは単なる投資家として入るのではなく、事業パートナーとして存在しています。投資家と単なる出資先という関係ではなく、対等なパートナーです。
 その中で、スタートアップ企業のアイデアや技術を、JR東日本グループの持つインフラを通して社会実装し、世の中を豊かにしていく。私たちの強みは、この「社会実装力」にあると思っています。駅と鉄道は必ず実社会につながっているので、そこを通して社会や暮らしを変えられる力というのは強みです。これはJR東日本グループに限らず、他の大企業でもいえることです。日本ではインフラの多くを大企業が担っています。せっかくのアイデアや技術も、社会実装されなければ絵に描いた餅で終わってしまいます。
 JR東日本グループは、駅と鉄道からどんどん日本を変えていく。そのためにスタートアップ企業の皆さまとコラボして、彼らの夢を応援していくことで、沿線のお客さまに対して新しい社会を提供していく。JR東日本スタートアップという会社は、そんな「新規事業のプラットフォーム」でありたいと考えています。

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