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スタートアップの目利き力(前編)

スタートアップの目利き力(前編)

これまで日本のスタートアップ企業への投資額は、米国・中国・欧州と比べると対GDP比で小さいことが指摘されてきた。だが、近年はスタートアップ企業の調達額が急激に拡大。1回で数十億円規模の資金調達を行うことも増えてきた。事実、2021年に発表された米調査会社による「スタートアップ企業が育ちやすい都市の世界ランキング」においても、東京が前年の15位から9位に大きくランクアップするなど、環境が整ってきたようにみえる。では、わが国のスタートアップの現状はどのようなものなのか。また、どのような視点でビジネスを進め、資金調達を行っているのだろうか。識者に話を伺うとともに、現在、注目されているスタートアップ企業の経営者を取材した。

現在のスタートアップ企業の多くは新たな価値観の創出や、社会課題の解決を目指している

 日本のスタートアップはどのような状況にあるのか。ここでは、その現状を整理するとともに、「J-Startup」を立ち上げ、スタートアップ企業の支援に乗り出している経済産業省の経済産業政策局新規事業創造推進室 石井室長に話を伺った。

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1965年生まれ。87年岡山大学法学部法学科卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。中小企業・ベンチャー企業政策、産業技術政策、地域振興政策等に従事。LLC/LLP法制、日本ベンチャー大賞、始動Next Innovator、J-Startupなどのプログラム創設を担当する。2021年から現職。1996年カリフォルニア大学バークレー校留学(公共政策 単位履修生)。2000年青山学院大学大学院国際政治経済学研究科卒業(国際経営学修士)。12年早稲田大学大学院商学研究科卒業(商学博士)。

拡大するスタートアップ市場 その背景とは?

 株式会社ユーザベース発行の『Japan Startup Finance 2021』によると、2021年の日本国内におけるスタートアップ企業の資金調達金額は7801億円(22年1月25日時点)。後に判明するデータもあるため、実態としては少なくとも8500億円程度となる見込みだという。

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※各年の値は基準日時点までに観測されたものが対象 ※データの特性上、調査進行により過去含めて数値が変動する。調査進行による影響は金額が小さい案件ほどうけやすく、特に調達社数が変化しやすい
出所:INITIAL(2022年1月25日時点) 出典:株式会社ユーザベース「2021年 Japan Startup Finance ~国内スタートアップ資金調達動向決定版~」

 スタートアップ企業とは、イノベーションによって新たなビジネスモデルを創出し成長が見込まれる新興企業のこと。昨今では、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル(※1))と呼ばれる企業による投資が拡大しているようだ。

※1 投資にあたって財務的・金銭的なリターンを主目的とするVC(ベンチャーキャピタル)と違い、CVCは事業会社の事業の拡大・進化のための事業シナジーを追求することを主な目的として設立され、投資を行う

 ところで、スタートアップ企業は"ベンチャー企業"という言葉と混同されることも少なくない。
 「2000年前後にITベンチャーが多く登場したことで"ベンチャービジネス"という言葉が広まりましたが、もともとは和製英語。ITサービスをもとに短期間で利益を上げようというITベンチャーに対し、イノベーションによる新たな価値の創出や、社会が抱える課題を解決しようと起こされた企業が、現在のスタートアップ企業と言っていいでしょう」
 そう語るのは、経済産業省経済産業政策局新規事業創造推進室の石井室長だ。経産省では、スタートアップ市場の拡大を成長戦略の一つに位置付ける安倍晋三首相(当時)の大号令の下、13年からスタートアップ企業を後押しするさまざまな政策を実施してきた。
 「経済のグローバル化が進む中で日本がこれからも成長していくには、オープンイノベーションが欠かせません。昨今の経営環境下、いわゆる大企業では、メインストリートである本業に注力する必要もあって、なかなか新しいことにアプローチしにくいからです。外から革新的な技術やアイデアを取り込んでいかなければならない。スタートアップ市場が成長しているのは、そんな背景があると思います」

WIN‐WINの関係を期し踏み込む大企業が増加

 近年、特に目立つのが大企業とスタートアップ企業による「協業」だ。CVCの資金調達額の急拡大は協業の拡大を示している。
 「例えば、JR東日本のようにスタートアップ企業にいい意味で踏み込んで向き合う大企業が増えています。これは良い傾向で、大企業・スタートアップ企業双方にメリットがある。大企業にとっては、スタートアップ企業との交流により、自社の人材に貴重な経験を積ませることで、成長を促すことができます。一方、スタートアップ企業側も、資金的なサポートはもちろん、コーポレートガバナンスを含めた専門的な知識を持った人材を得ることができますし、アントレプレナー・イン・レジデンス(客員起業家制度)のような形で実証実験の場など大企業の経営資源を活用できる。こうした、WIN-WINのパートナーシップこそ協業のあるべき姿でしょう」と、石井室長は話す。
 ちなみに、JR東日本グループ(JR東日本スタートアップ株式会社)は、スタートアップ企業と大企業の事業提携を生み出すことを目的とした早朝ピッチイベント「Morning Pitch」(主催・デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社/野村證券株式会社)において、大企業イノベーションアワード2022最優秀賞を受賞している。石井室長の話の通り、スタートアップ企業と踏み込んで向き合う姿勢が評価されたといえる。

世界的にはまだ途上な日本のスタートアップ市場

 もっとも、日本のGDPに対するベンチャーキャピタル投資の割合は0.03%にすぎず、G7の中でもイタリア(0.01%)に次いで2番目に低い(内閣官房・経産省調べ)。経産省では、18年6月に「J-Startup」という支援プログラムを立ち上げ、日本のスタートアップをさらに成長させるための取り組みを加速させている。大企業とスタートアップの"出会い"を創出するためのイベントを開催したり、有望として選定した企業に対し海外現地支援や研究開発といった集中支援を可能にするプログラムだ。25年までにユニコーン企業(※2)50社、という目標も掲げている。

※2 企業としての評価額が10億ドルを超える、設立10年以内の未上場のベンチャー企業のこと

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※日本は2016年、他の国は2017年の数値
※OECD「Entrepreneurship at a Glance 2018」/2021年3月内閣官房成長戦略会議事務局・経済産業省経済産業政策局「基礎資料」より作成

 「当初3兆円ほどだった選定企業の企業価値はこの3年で5.8兆円ほどになり、着実に成長していると言えます。とはいえ、グローバルに見ればまだまだこれから、というのも事実。市場が拡大するにつれて不適切な協業関係が増えているのも確かで、そうした課題の克服も含め、スタートアップ企業による新たな価値、新たなサービスの創造を支援していきたいと思います」と石井室長。日本のスタートアップ企業がメインストリームとなるか否かは、ここから5年が勝負だとも話す。果たして5年後、日本のスタートアップ企業は世界的にどのような位置を占めているのか。世界経済の先行きが不透明な中、大きな期待が持たれている。


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環境に優しい「水エンジン」で宇宙空間に新たなモビリティインフラを構築する

 水を推進剤とした小型衛星用エンジンを開発する株式会社Pale Blue。同社の浅川純代表取締役に話を伺った。

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推進剤として安全・無毒な「水」に着目したことにより、従来の推進機の開発よりもコストがかからないというメリットもある

グライダーを旅客機に変える究極のグリーン燃料

 2022年度中に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝属郡肝付町)から打ち上げられる予定の革新的衛星技術実証3号機では、水エンジンを搭載した小型衛星の実証実験が行われる。現在では、スラスタ(推進機)を搭載した小型衛星は少なく、放出後は地球の軌道上を周回するだけというのが一般的だ。
 「推進力がなければ、軌道がずれてしまっても元に戻せません。また、役目を終えた後は、近年問題となっている宇宙ゴミとして地球を周回し続けます。小型衛星に推進機を組み込むことでそうした課題を解決できるばかりか、物資の輸送や宇宙ゴミの回収など、小型衛星の利用法が格段に広がります。その差を地球上で例えるなら、グライダーと旅客機の違いくらい大きい」と語るのは、株式会社Pale Blueの浅川純代表取締役だ。

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浅川 純
株式会社Pale Blue
共同創業者 兼 代表取締役
1991年高知県生まれ。2014年東京大学工学部卒業。16年同大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。19年同博士課程修了。博士(工学)。東京大学大学院新領域創成科学研究科特任助教として従事した後、20年4月に株式会社Pale Blueを創業し代表取締役に就任。宇宙推進工学を専門とし、世界初の小型深宇宙探査機PROCYONや、水推進機実証衛星AQT-D、超小型深宇宙探査機EQUULEUSなど、これまで数々の小型衛星・探査機プロジェクトに従事している。

 同社は、水を推進剤とした小型衛星用エンジンを開発する宇宙スタートアップ企業。大型の人工衛星は「ヒドラジン」などの劇物を燃料とするエンジンが積まれるが、製造コストが高く、燃料だけで衛星の重量の50%ほどになるため、小型衛星への転用は難しい。また、環境への負荷が大きく、宇宙空間への悪影響が懸念される。一方、同社が開発した「水エンジン」なら、コストも安く、何より水はいわば"究極のグリーン燃料"。環境に優しい、持続可能なエネルギーと言えよう。

研究者と経営者の仕事の本質は似ている

 「『水エンジン』には三つのタイプがあります。一つは、水蒸気を放出して推力とする『レジストジェットスラスタ』。二つ目が、水蒸気から水イオンを取り出しエネルギーに変換する『イオンスラスタ』。これら二つの機能を持つ『ハイブリッドスラスタ』。『レジストジェットスラスタ』は推力が高く多方向に推進できる。『イオンスラスタ』は速度はゆっくりですが燃費がいい。ニーズに応じた対応が可能です」

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高推力・多軸が特長の「レジストジェットスラスタ」(右)、低燃費を誇る「イオンスラスタ」(中央)、高推力・多軸・低燃費を併せ持つ「ハイブリッド(統合式)スラスタ」(左)

 そう説明してくれた浅川代表が「水エンジン」と出合ったのは、東京大学大学院工学系研究科博士課程に進んだとき。指導教員の小泉宏之准教授(現・同社共同創業者兼CTO(※1))が、「水エンジン」研究の先駆者だった。小泉氏の勧めで「水エンジン」の研究を始めた浅川代表は、海外の小型衛星に関するカンファレンスなどに参加し、衛星コンステレーションビジネスが思いのほか盛り上がっていることを知る。さらに、東京大学産学協創推進本部が主催する「アントレプレナー道場」に参加したことで、起業を考え始めた。

※1 Chief Technology Officer(最高技術責任者)

 「宇宙ベンチャー企業に関わる先輩方の生のお話も聞いて、宇宙ビジネスの盛り上がりを感じていました。何より、起業を決断する最大の理由は、自分の研究を社会実装につなげたいという思いが強かったことだと思います」
 博士課程修了後、東京大学の特任助教を経て、20年4月に小泉氏、同じ研究室生2名の計4名で会社を設立。以来、研究者と経営者の二足の草鞋(わらじ)で事業を展開している。

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同社を創業した4人の共同創業者。右から、小泉宏之CTO、浅川純代表取締役、栁沼和也取締役、中川悠一取締役

 「今では社員も20数名に増えました。人が増えれば組織のマネジメントといった経営者としての仕事も増えますから、どう自身の権限を委譲していくかスタッフとも議論を重ねているところです。経営者としてはまだまだ勉強中ですが、研究者として実は経営者と同じようなアクションを日々行っていたように思います。自分の研究を続けるためには、その革新性をアピールし、理解してもらって資金をサポートしてもらわなければなりません」

社会実装の種は豊富 後はつなげる努力を

 冒頭のJAXAが実施する革新的衛星技術実証3号機での実証実験が首尾よく成功すれば、「水エンジン」は本格的な量産体制に着手できるという。すでに受注も数件決まっており、21年10月には事業拡大に向けCVCなどから4億9000万円の資金を調達。累計の資金調達額は10億円近くに達した。グリーンなエネルギーで宇宙のインフラを、という壮大なビジョンに共感する投資家が多いことは、技術開発系のスタートアップ企業にとって明るい推進剤となるだろう。
 「社会を変えるような技術の種はたくさんあり研究者も多いのですが、起業して社会実装を実現しようという人は、まだまだ少ないような気がします。研究開発と社会をつなげることを考える人が増えれば、技術開発系のスタートアップがさらに広がるでしょう。私たちは、ビジネス的な実績がいまだ乏しいのが現状です。ですが実証実験が成功すれば、受注はますます増えていくはず。大型の資金調達の手段の一つとしてIPO(※2)も考えていて、25年ごろには達成したいと考えています」と、浅川代表。膨張する宇宙のごとく、その夢は加速しながら広がり続けているようだ。

※2 Initial Public Offeringの略で未上場企業が発行する株式を、投資家が証券取引所で売買できるようにすること
※写真は全てPale Blue提供

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