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DXで「何」を変えるのか?<br>DXに必要な経営理論とは?

入山章栄 いりやま・あきえ
早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授
1972年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13年早稲田大学大学院経営管理研究科准教授、19年より現職。国際的な主要経営学術誌に論文を発表しているほか、テレビ・ラジオなどメディアでも活躍中。

DXで「何」を変えるのか?
DXに必要な経営理論とは?

DXとは何か。DX推進に欠かせない考え方とはどのようなものなのか──早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授に話を伺った。

日本企業は誤解している!? 「DX」二つの真実

 多くの日本企業がDXに対して、二つの誤解をしています。まずはこれらの誤解を解く必要があります。
 一つは「DXはただの道具に過ぎない」ということです。DigitalをTransformするといっても、デジタルを取り入れただけで変革できるなんて大間違い。しかし、単なるデジタル化を「DXだ」と言い張る企業は案外多いものです。
 デジタルを取り入れて何を実現したいのかという「目的」がなければDXではありません。しかも本当に変革していくならば、20~30年先の将来を見据えた「超長期思考」と、そんな未来をかなえるために今すぐやるべきことを意思決定する「超短期思考」を組み合わせなければいけません。
 近年はアメリカの経営学者、チャールズ・オライリーらが唱える「両利きの経営」が注目され、私もそれを啓発しています。両利きの経営は「既存事業を深める知の深化と、新規事業を展開する知の探索」を経営者の両手がごとく自在に操ることになぞらえた経営理論ですが、超長期思考というのは「知の探索」にもかなり近い。それができるか否かは、ほかならぬ会社経営者の課題です。
 そしてもう一つは、「DXは決して高価ではない」ということです。今はさまざまな業務ツールが無償に近い金額で開放され、クラウドサービスもローコード・ノーコードの開発ツールもあります。そう考えればDXに大仰なシステム開発は要りません。究極的には、自分たちだけでも変革していけるはずです。

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国内推進事例に見るDX成功の秘訣とは

 例えば、生活協同組合コープさっぽろは非常勤CIO(最高情報責任者)に東急ハンズやメルカリでCIOを務めた長谷川秀樹さんを招聘し、デジタル化による抜本的な業務変革に努めました。とはいえ、長谷川さんが最初にコープさっぽろで手がけたのはGoogle WorkspaceやSlackを末端の業務まで取り入れ、それを現場で使いこなせる状態にしたことです。
 「それだけで何がどう変わるの?」と不思議に思われるかもしれませんが、パートで働く主婦の方を含む全スタッフがSlackなどを使いこなせる状態を想像してみてください。現場に潜在する業務課題が隅々まで分かるようになり、課題解決に向けた横連携が急ピッチで進みました。同組合はほかにもさまざまなデジタル変革に取り組んでいますが、DXによって強固な経営基盤を持つようになったことは間違いありません。
 また、東京・荻窪に本店を置く鮮魚企業・東信水産株式会社でも、4代目・織茂信尋さんがDXによる経営課題解決に取り組みました。同社は商業施設やデパ地下に出店していますが、鮮魚店としては珍しく、加工を1箇所に集中するセントラルキッチン方式を採用しています。これにより店舗のバックヤードが必要なくなり、売り場面積が拡大。品ぞろえの幅が広がりました。同時に、魚種ごとに数え方の単位が違ったり、成長に応じて名前が変わる出世魚などの複雑な鮮魚管理を改善すべく、棚卸しに使われる受発注システムを独自に開発しました。
 さらに全店にiPadを支給。売上や仕入などをリアルタイムに集計できるようにもしています。陳列棚が広くなった分、各店ユニークな陳列が増え、iPadで撮影した陳列写真は社内SNSで共有。各店が陳列を競い合うことで、陳列スキル向上や店舗のエンタメ化などの好循環が生まれています。
 DXの定義には諸説あり、私自身もそこまで厳密に定義を気にしてはいません。ですが、「何かしらの目的の下、有意義にデジタルを取り入れ、会社全体もしくはビジネス全体を変革していく」──その視点だけは絶対に欠かしてはいけません。

DX2回戦では日本企業に勝機がある!?

 日本のDXの話をすると何かと悲観的に捉えられます。正直、私も「現状の日本企業は諸外国と比較し、かなり周回遅れの状態にある」と感じています。では、日本企業はデジタル変革を諦めたほうがよいのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。
 私はよく「DXの1回戦は海外に惨敗した、だけど2回戦では勝機がある」とも話しています。
 ご存じの通り、日本企業はこれまでに繰り広げられたDX1回戦でGAFAなどのテックジャイアントに歯が立ちませんでした。しかしそれはパソコンやスマホ、インターネットの世界だけに閉じ込もったもの。IoT技術などでリアルとデジタルが融合するこれからの時代、必ず空中戦から地上戦に転換が起きます。
 特にものづくりに強い中小企業や、リアルアセットを持つ大企業は、次のDX2回戦で「リアル×デジタル」の勝負に勝ち抜く可能性がある。強大なアセットを活用した新たなDXが生まれてくることに期待しています。

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