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DXで「何」を変えるのか?<br>JR東日本の取り組み① <br>「WaaS共創コンソーシアム」でウェルビーイングな社会の実現を目指す

DXで「何」を変えるのか?
JR東日本の取り組み①
「WaaS共創コンソーシアム」でウェルビーイングな社会の実現を目指す

世界中でDX(Digital Transformation)への取り組みが進む中、JR東日本では2023年4月、DX推進などでウェルビーイングな社会を実現していく「WaaS共創コンソーシアム」を発足した。コンソーシアム(共同企業体)で活動する狙いとともに、そこで実証される複数のワーキンググループを紹介する。

共同企業体による実証でウェルビーイングな社会を実現

 2017年、JR東日本にモビリティ変革コンソーシアム(以下MIC)が発足した。MICは「解決が難しい社会課題や次代の公共交通について、交通事業者と、各種の国内外企業、大学・研究機関などがつながりを創出し、オープンイノベーションによりモビリティ変革を実現する場」。主として未来の移動・未来の生活様式・先進技術を起点としたワーキンググループを立ち上げ、テーマごとの調査・実証・提言などを行った。5年間の活動中、33の具体的テーマを創出、グループ外を含め最大160以上の団体が参画した。23年3月31日、活動はいったん役目を終えたが、その知見を生かして、同年4月1日にWaaS共創コンソーシアム(以下WCC)の活動を開始した。
 WaaS®(=Well-being as a Service)の名称が示す通り、WCCにおける最大のテーマは「ウェルビーイングな社会の実現」。ウェルビーイングは身体・精神・社会的に満たされた状態を指す言葉だが、WCCでは言葉の定義から議論し直した。
 「問題は誰にとってのものなのか。自由に選択できる・住みやすい環境にいるなど『個人にとってのウェルビーイング』と、街がにぎわっている・安全安心に暮らせるなど『社会にとってのウェルビーイング』の両方があり、そのどちらも私たちの射程圏内です。人・社会・地域をやさしさで包み込むインクルーシブタウン構築のため、移動×空間価値の向上を目指しています」と、WCC事務局長を務めるJR東日本イノベーション戦略本部デジタルビジネスユニットの入江洋マネージャーは話す。

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入江 洋マネージャー
JR東日本 イノベーション戦略本部
デジタルビジネスユニット

 WCCではコンソーシアム(共同企業体)の統括・管理・意思決定を行うステアリングコミッティが組織され、イノベーション戦略本部が委員長・副委員長を務めるほか、各界の名だたる識者が委員に参画。また会員制とし、実証活動に参加可能な運営会員と、テーマ勉強会のみに参加可能な一般会員(ともに年会費あり、大学・研究機関、行政機関は無料)の2体系で募集されている。ステアリングコミッティ管轄下ではMICと同様、各テーマごとに運営会員による実証活動が行われ、ステアリングコミッティも実証見学等も含め、年3回予定されている。

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 「当社は線路などの鉄道インフラはもちろん、地元に密着した駅などを数多く保有しています。WCCではそれらのアセットを活用し、そこでさまざまな実証活動をしていただいています。現在進行形で動いている特定テーマは20弱。私たちがテーマの取捨選択や事業部門連携の調整役に入ることはありますし、各々の実証テーマにはイノベーション戦略本部の専任者を就けていますが、JR東日本はあくまで場を提供するプラットフォーマーに徹します。テーマごとのPoC(概念実証)の予算・設備は各会員の持ち寄りとしていて、そこで社会課題解決に資する先進サービスが実現されたとしても、事業としては会員側で拡大していただく。当社がその成果を独占するつもりはありません」(入江洋マネージャー)

115系を完全再現!? XR技術を活用した観光活性

 WCC実証テーマの一つに、XR技術を活用した観光活性ソリューションがある。XR(クロスリアリティ)は、VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)などを指す言葉だが、発端はMIC時代、移動の新たな楽しさを見出すXR技術の推進ワーキンググループ(WG)を立ち上げたことだった。
 「KDDIの方々を中心とした同WGでは20~22年度中、東京感動線(※)のイベントと連携した東京駅ARアートイベントや原宿駅・明治神宮間でのAR観光案内、観光型MaaS『旅する北信濃』と連携した善光寺AR観光イベントなどを通じて国内観光の拡大・増収に向けた実証を行いました」と話すのは、JR東日本イノベーション戦略本部デジタルビジネスユニットの石原一樹さん。WGにはソニーグループのSoVeC株式会社も参画、同社がKDDIと共同開発した次世代ARメディアアプリ「XR CHANNEL」が実証に使われている。
 「多くのARは目印となるARマーカーにスマホカメラをかざしてキャラクターの画像などを表示させますが、XR CHANNELではVPS(Visual Positioning Service)と3D地図情報を駆使し、特定の場所・タイミングでARコンテンツを配信できます。特定のマーカーを必要とせず、目的地でスマホをかざすだけ。誤差を最小限に抑える精緻さでリアル空間にモノを置け、あたかも本当にそこにそれがあるかのような演出も可能です」とSoVeCの上川衛代表取締役社長はその技術について語る。

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SoVeC株式会社の上川衛代表取締役社長(左)とJR東日本 イノベーション戦略本部 デジタルビジネスユニットの石原一樹さん(右)

 22年10月に上野駅で行われた鉄道開業150年イベント「超駅博」でも、同アプリの実証が行われた。まず115系やEF64形車両の車内・車外の写真を数千枚単位で撮影し、そのデータを基にSoVeCが3Dモデリングを実施。イベント当日、上野駅15・16番線ホームのフォトスポットからスマホをかざすと115系車両の3Dモデルが実車さながらのリアリティーのあるARで出現し多くの来場者を驚かせた。

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 115系は国鉄時代の1963年から83年まで製造されたが、「当時の運行車両に乗車されたことのあるおばあさんが、涙を浮かべながら思い出話を語ってくれた」ことが石原さんにとって印象的だったという。
 「これもまた私たちの目指すウェルビーイングの一つです。こうした事例を積み重ね、観光を活性化させていきたい」(石原さん)
 一方、参画企業は本取り組みにどんなメリットを感じたか。
 「当社の技術は他に比類無きものだと自負していますが、技術だけ持っていても意味がありません。当然実証できるフィールドやお客さまに見ていただける機会が必要です。その意味ではWCCでJR東日本のアセットを開放してくれるのは大変ありがたい」と上川社長。このときの車両モデリングは外装にある小さなさびの跡もそのまま再現するなど難易度の高いプロジェクトであり、貴重な経験を積むと同時に、非常に良いフィードバックが得られたという。

※山手線を起点に、沿線の多様な個性を引き出し、駅、まち、人、それらの点を線にして面へとつなぎ、魅力的な出会い、感動体験ができる、個性的で心豊かな都市生活空間「東京感動線」を創造する取り組み

産学連携の人流解析で新宿駅の危険箇所を特定

 WCCには大学機関も参画している。特定テーマ「新宿駅における人流解析(混雑リスク発生の低減)」に参加するのは、東京大学大学院工学系研究科の西成活裕教授だ。数理物理学者で「渋滞学」でも知られる西成教授とJR東日本は、19年度より群集マネジメント学を活用した混雑リスクの対策検討をMICのWGで行ってきた。
 当初行っていたのは東京オリンピック・パラリンピック実施時の駅混雑把握。会場最寄りとなる千駄ケ谷・信濃町・原宿・有楽町の各駅で混雑状況の把握および混雑対策を検討した。その最中、コロナ禍に見舞われる。1年遅れの21年夏に開催された際は、無観客で行われる運びとなり、WGは路線変更を余儀なくされた。そこで着目したのが大規模駅における混雑緩和策の検討だ。
 「群集マネジメント学の研究者として新宿駅には注目していました。同駅は『世界一混雑する駅』。ここで混雑の問題を解消できればもうどんな駅も怖くありません。渡りに船の状態でした」(西成教授)
 20年度よりJR新宿駅南口コンコースにおいて人流解析を行った結果、混雑リスクの発生箇所が特定された。人流解析用のデータ取得には、レーザー光を照射してその反射光から対象物までの距離・形を計測する技術「LiDAR」が用いられており、個人を特定するカメラなどは一切使われていない。
 人流解析で極めてリスクが高い箇所だと判明したのは南口13・14番線階段付近コンコース。実際、駅社員に話を聞いたところ、この付近はお客さま同士のトラブルが多く困っていたが、危険箇所と特定し得るだけの確証がなかったということも分かった。
 23年7月には、同箇所でのラウンドアバウト実証実験が実施された。ラウンドアバウトとはヨーロッパなどで見られる「信号機がなくても一方向に周回する環状交差点」を指す。

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新宿駅で行われた混雑リスク低減に向けたラウンドアバウト実証実験の動線イメージ

 「朝の通勤ラッシュでは13・14番線からの乗り換えと小田急線からの乗り換えで大勢のお客さまが往来します。その方々の交錯・衝突を避けるためにエレベーターを中心に反時計回りに通行していただき、安全でスムーズな通行ができる駅空間づくりを目指しています」と話すのは、共に実証実験を行ったJR東日本イノベーション戦略本部デジタルビジネスユニットの髙安英子さん。
 実証実験の際は、現場を誰よりも知る駅社員の考案で、エレベーターの周囲にパーテーションを設置し矢印で通行方向を示した。また通行方向を促すポスターを掲示するとともにサイネージでの動画配信も行った。その実証データを解析した上で、特に効果の高かった施策にフォーカス。今後、さらなる実証を行う予定だ。
 「駅の課題を解決する主役は現場で働いている駅社員の皆さん。彼らも、この実証実験によって、危険箇所である根拠やデータが得られて喜んでいました。今後、解決策となるソリューションを提案・提供するなど、サポートしていきます」(髙安さん)

アナログ→デジタル化のパーツを組み合わせる

 経済産業省はDXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。WCCが目指すのも、企業協働あるいは産学協働でのDXであり、その活動はオープンイノベーションと呼ばれる活動にも近い。
 最後に西成教授はWCCへの期待を込めてこう語ってくれた。
 「デジタイゼーション(部分的なデジタル化)やデジタライゼーション(デジタル化による業務変革)といった言葉もありますが、アナログを単にデジタルに置き換えただけではDXではありません。しかし、社会はまだアナログなことだらけでデジタル化の余地はある。WCCというオープンなコミュニティを通じ、デジタル化実現のパーツを作り、それを組み合わせてほしいです。その組み合わせから誰かの課題を解決したり新しい価値を創出したり──そんなDXに期待しています」

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東京大学大学院工学系研究科の西成活裕教授(左)とJR東日本 イノベーション戦略本部 デジタルビジネスユニットの髙安英子さん(右)

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