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カルチャーコラム<br>寒川一さん<br>焚き火とは「畑に種をまく」こと

寒川一 さんがわ・はじめ
アウトドアライフアドバイザー
香川県出身。玩具メーカーで商品企画に携わった後、輸入雑貨店経営などを経て、三浦半島を拠点に「焚火カフェ」やカヤックツアーなどのサービスも提供するアウトドアショップ「3knot(サンノット)」を開業。近年は防災に役立つアウトドアの知識やスキルを著書やワークショップを通して伝えている。最新刊は妻の寒川せつこさんとの共著『「サボる」防災で、生きる』(主婦と生活社)。

カルチャーコラム
寒川一さん
焚き火とは「畑に種をまく」こと

海岸で静かに火を囲み、非日常的な「サボり」の時間を提供する「焚火カフェ」などの活動を続けているアウトドアライフアドバイザーの寒川一さん。現代において「人間が火に親しむこと」の意義や、アウトドア初心者へのアドバイスなどを伺いました。

火を熾し、上質な「サボり」の時間を

 20年ほど前から主宰している「焚火カフェ」では、夕暮れの海岸でお客さんと一緒に火を熾(おこ)し、コーヒーを淹れて、ボーッとします。登ったり走ったりするアウトドアアクティビティとは違い、静かに時が流れていくのを味わう。普段は都会で忙しく働いている人たちが、「サボる」ことをひたすら楽しむための場所なんです(笑)。
 美大卒業後、玩具メーカーに勤めたり、輸入雑貨店を経営したりしてきました。40代に入り、「人生も半ばを過ぎたし、好きなことをやろう」と思い立ち、神奈川県の三浦半島でアウトドアショップを開いたのですが、品ぞろえや価格面では都市部のショップに対抗できない。何かお客さんを呼べるアイデアがないかと考え、思い付いたのが海岸での焚き火。会社で朝の会議中に窓の外を眺めて、「今日の夕陽はきれいだろうな......」と思うことがあるじゃないですか。そんなときに現実からエスケープし、火を眺めながら息抜きできる場を提供したいと思ったんです。

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焚き火から地球循環と人間の役割を考える

 いざ「焚火カフェ」を始めてみると、多くの人にとって火熾しは非日常的な体験であることが分かりました。昔は、ご飯を炊くにもお風呂に入るにも、まずは火を熾さなくてはいけなかったし、日々の暮らしの中に火を扱う機会があった。僕の母が小学生の頃、放課後に裏山で薪(まき)を拾ってくるのが日課だったそうです。しかし、それからわずか60~70年の間に、火という存在、火を焚く行為が遠いものになってしまった。だからこそ、どんな原理で着火するのか、どのように火をコントロールすべきかといった知識やスキルを、現代を生きる人たちにもきちんと伝えていかなければとも感じています。
 例えば、薪が着火する温度は、260~300℃くらい。それ以下の温度では煙が出るだけで燃えません。薪は小さいほど温度が上昇しやすく、スムーズに着火できます。また、表面が滑らかな薪よりも、ささくれ立ったもののほうが空気に触れる面積が大きいので、より着火しやすくなります。
 実は焚き火って、そういったいろいろな条件を満たさないと楽しむことができない、奥深いもの。そして、火を扱う知恵を持っているのは地球上で人間だけなんですよね。
 「焚火カフェ」では、海岸に流れ着いた流木を薪に使い、約2時間で燃やし切って灰にしています。燃え切らない炭は、火消し壺に入れて持ち帰る。というのも、灰は空気中に舞った後に地面に落ち、植物の養分となります。弱酸性の雨で酸性化した土壌を、アルカリ性の灰が中和してくれる。それによって植物が成長します。しかし、炭は基本的に土中分解されないので持ち帰る必要がある。このことを知っておくと、炭のまま火を消さずに、灰にしたほうがいいことも理解してもらえるでしょう。
 大げさに言うと、焚き火は畑に種まきをするのに似ているんですよ。木を燃やすため焚き火をすると思いがちですが、それはプロセスの一つであってゴールじゃない。流木の灰を養分として種が芽吹き、大木になり、何かの事情で倒れて川に流され、海に浮かび、やがて海岸に新たな流木として流れ着く。そんな地球循環に関与していることも、僕たちの存在意義なのではないでしょうか。

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寒川さんが主宰する「焚火カフェ」では、自力で火を熾し、火を「育む」体験を味わえる

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寒川さんがプロデュースを担当したTAKIBISMの鉄製ケトル「フェトル」とおわん

自然の法則に触れながら自分なりのアウトドアを

 コロナ禍でアウトドアブームが加速したといわれますが、テントを持ってキャンプ場に出かけたり、ザックを担いで山を登ったりすることだけが「アウトドア」ではないと思います。最近はベランダなどにテントを張って「家キャン」をする人もいるようですが、きっと子どもの頃にワクワクしながら秘密基地を作ったような感覚ですよね。寝る場所を部屋の中からベランダに移すのは、俯瞰(ふかん)で見たらたった1mの移動でしかないかもしれませんが、本人にとってはすごい冒険だったりするんですよ。
 以前、家庭用カセットコンロを外で使う実験をする仕事の依頼がありました。僕自身も改めて気付いたのですが、外は風が吹いているので、屋内とはお湯の沸くスピードが全然違う。そこで、風防を付けたり、風向きを確かめてみたりしました。そうして自然の法則に触れたとき、どうしたら快適にできるかを自分なりに工夫してみる。これってアウトドアの第一歩であり、ゴールでもあるんです。そして、そういった知識や経験は災害時にもきっと役立ちます。
 秋はキャンプに最適な季節ですが、これからアウトドアライフを楽しみたいと考えている方は、高価なテントやバーナーといった道具をいきなり買いそろえなくてもよいでしょう。まずは、日常生活で使っているものを外で試してみる感覚で始めるのをおすすめします。

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