JR東日本:and E

新しい学びのかたち──「学ぶ」をまなぶ<br>【「学ぶ」をまなぶ】 Interview.1<br>楽しさの中に、学びがあふれている──<br>「プレイフル・ラーニング」のすすめ

新しい学びのかたち──「学ぶ」をまなぶ
【「学ぶ」をまなぶ】 Interview.1
楽しさの中に、学びがあふれている──
「プレイフル・ラーニング」のすすめ

昨今、リスキリングやリカレント教育といった学びにまつわる言葉が盛んに取り沙汰されているが、刻々と変化する環境に適応するためにも、私たちは常に学び直すことを求められていると言っても過言ではない。一方で、そもそも「学ぶ」とは、どういう行為、あるいは状況を指すのだろうか。そしてどうすれば、それは実現し得るのか──。幼児教育から企業研修まで、幅広く学習の現場を研究し、デザインしてきた同志社女子大学・上田信行名誉教授は、「楽しむことこそが学びを構成する」と語る。上田氏が提唱する「プレイフル・ラーニング」の定義と実践、そして、「学ぶ」ことをまなぶ意義について話を伺った。

Featured_85_01.jpg

上田 信行 うえだ・のぶゆき
同志社女子大学 名誉教授
1950年奈良県生まれ。教育学博士。同志社大学卒業後に渡米し、セントラルミシガン大学大学院、ハーバード大学教育大学院で学ぶ。「学習環境デザイン」を専門領域とし、数多くのワークショップ研究・実践にも携わる。著書に『プレイフル・シンキング 仕事を楽しくする思考法』(宣伝会議)、『プレイフル・ラーニング ワークショップの源流と学びの未来』(中原淳氏との共著・三省堂)がある。
【ホームページ】https://nobuyukiueda.com/

巻き込まれて楽しむ経験が学びを構成していく

 昨今、企業は社員のスキルアップに注力していますが、イノベーションとは「これ、面白そう!」とワクワクしてチャレンジする人が創っていくもの。リスクを避け、無難で予定調和的な道ばかりを選んでいてはなかなか実現できません。
 私が提唱する「プレイフル」という概念、これをあえて日本語に訳すならば、「遊び心」というよりも「冒険心に満ちた」とか「情熱的」、あるいは「真剣勝負!」といったニュアンスに近いものです。
 プレイフル・ラーニングにおける学びとは、先生から一方的に知識をインプットされるのではなく、むしろ知識を自ら構築しアウトプットすることを通して学んでいくのです。日々のヒト・モノ・コトとの関わりにおいて、自分の頭で考え、発見し、創造するプロセスは、すべて「学び」なのです。仕事も映画観賞もおいしいものを食べに行くことも、学びの場と捉えていいでしょう。
 大切なのは、何かを「面白がって巻き込まれてハマる」こと。そして、あらゆる社会の中で関係性を築くこと。「自分に能力があるか」とか「どんなノウハウが得られるか」といった、ちっぽけなことは考えず、とにかくその場を楽しんでみる。その過程において自然と多様な学びが得られ、生きることがどんどん楽しくなります。

HOWを基軸に考える冒険的(プレイフル)なマインド

 そんな日々を送っていると、変化を恐れるのではなく、肯定的に受け入れられるようになります。
 私はよく、「物事をSuper Howで考えよう」と言っています。新しい課題に取り組むとき、「Can I do it?(私にできる?)」と不安に思うのではなく、「How can we do it?(誰とどうやったらできる?)」と考えることで、協同的で挑戦的な「プレイフル・マインドセット」が開花していくのです。
 それは「個人」のスキルというよりも、アティチュード(姿勢)であり、スピリット(精神)です。あるいは、「共に」楽しむという「生き方のOS」と言ってもいいかもしれません。

Featured_85_02.jpg
Featured_85_03.jpg

自らが設立し館長を務める実験的アトリエ「ネオミュージアム」(奈良県吉野郡吉野町・写真上)を拠点に、さまざまなワークショップやプロジェクトに取り組んできた上田氏。下の写真は「プレイフル・フィールド」を体現する同館のテラスにて、ゼミ生たちが絵本を協同翻訳するプロジェクトの様子を写したもの

憧れのすぐそばに学びの契機は潜んでいる

 楽しみながら物事にチャレンジする習慣をつけるには、「憧れの最近接領域」に身を置くことが有効です。これはヴィゴツキーが提唱した「発達の最近接領域」(※1)を援用し、私なりに再構成した「場の理論」。つまり、憧れの存在の近くで一緒に学んだり働いたりすることで、自然と触発され成長していく。そして、困難な課題に挑戦する勇気や自信が湧いてくるのです。
 こうした学びの仕組みは、落語などの伝統芸能の世界や、徒弟制を敷く職業では今も息づいています。グループアイドルの世界もまさにそう。今をきらめくスターのバックで「研究生」たちが「私もああなりたい」と一心不乱に踊っている。その舞台は「憧れの最近接領域」そのものと言えます。
 また、「メタ認知」も重要です。すなわち、「学ぶ」ことをまなぶ──自分のラーニングプロセスを俯瞰し、「なぜ夢中になってしまったのか?」「なぜ面白く感じないのか?」などと自問自答する。それによって自分に合った学習方法を確認し、自己修正もできます。この「メタラーニング」については、一種のスキルと言ってもいいでしょう。
 学び方が磨かれ、学ぶことがさらに楽しくなる──可能性に満ち溢れた学びとは、そんな風に一人ひとりが他者との関係の中で、自ら構成していくものなのです。

※1 旧ソビエト連邦(ロシア)の心理学者レフ・ヴィゴツキーが提唱した理論。「自力では解決できないが、他者の援助があれば解決できる領域」を指し、この領域での学習が子どもの成長・発達をより促しやすいとも考えられている

Featured_85_04.jpg

ブランディングをテーマとした実験的ワークショップ「Unlocking Our Potential」の模様。参加者それぞれのホームページのトップを飾る写真をプロの写真家に撮影してもらい、どの写真がその人物をよく表しているかを参加者全員で対話しながら考える。自己に対する既成概念を取り払い、新たな可能性を発見しようとする試みだ

熱量に満ちた「場」をつくり課題を「いじくりまわす」

 他方、企業における社員研修や社会人の「学び直し」の在り方や可能性について考えてみましょう。
 まずは「場づくり」がとても大事で、社員が臆せず学べる「プレイフル・フィールド」をいかにして築いていけるかが問われます。それは情熱に満ちた仲間がいて、常に刺激的な対話やプロジェクトが行われている、熱量の高い環境のこと。勤務している職場自体がそうであれば理想的なのですが、インキュベーション施設のようなものを用意してもいいでしょう。
 フィールドの目標や課題設定は必要ですが、最初からガチガチに固めなくて構いません。おすすめは、「ティンカリング」(※2)。手を動かしながら考える。目の前の課題を文字通り「いじくりまわす」うち、ふとした拍子にとんでもないアイデアが出てくるかもしれません。
 私が企業研修などでよく実施するワークショップの一つに、「レゴ®の高積み」があります。小さなレゴブロックを1個ずつ積み上げ、時間内にどれだけ高くできるかにチームで挑戦します。細く縦に積んでいくので、すぐに倒れてしまうのですが、落ち込んでいる暇はありません。すぐに気持ちを切り替えて再チャレンジします。すると、失敗してもすぐに立ち上がる力(レジリエンス)を誰もが自然と発揮するようになります。

Featured_85_05.jpg

上田氏がさまざまな場で実践してきたワークショップ「レゴ®の高積み」の実施風景。「今、ここ」に集中しながら積み上げ、何度失敗しても立ち上がるレジリエンスを誰もが自然と発揮できるという

 そんな風に、いつの間にか夢中になる体験をしたら、そのまま終わりにせず、必ずリフレクション(省察・せいさつ)を行います。参加者それぞれ、もしくは参加者同士で、その体験のプロセスを振り返り、意味付けする。それは自画自賛であってもいい。そうして初めて血肉化され、「使える学び」になります。
 何かに没頭し、楽しんで学んでいる自分。それを一歩引いた視線で眺め、コントロールしている自分。両者が同時にいて往還している──そんな状態がインテリジェンスの源泉であり、学びを洗練させる基盤なのではないでしょうか。

※2 さまざまな現象、素材、道具に直接触れ、"いじくりまわす"ことにより理解を深める手法。家財道具を修繕する流しの修理屋(ティンカー)に由来し、「やって・みて・わかる」という探究のプロセスである。試行錯誤と実験的なアプローチを価値ある学習の過程と見なし、新しい教育の方法として注目されている

Series & Columns連載・コラム

  • スペシャルeight=
  • JR東日本TOPICS 行ってみた! 聞いてみた!JR東日本TOPICS 行ってみた! 聞いてみた!
  • SDGs×JR東日本グループSDGs×JR東日本グループ
    • 働く 集う 和む 空間の可能性働く 集う 和む 空間の可能性
    • カルチャーコラムカルチャーコラム
    • 地域発!世界を支える ものづくり地域発!世界を支える ものづくり
    • 東北に生きる東北に生きる
    • 働く 集う 和む 空間の可能性働く 集う 和む 空間の可能性
    • カルチャーコラムカルチャーコラム
    • 地域発!世界を支える ものづくり地域発!世界を支える ものづくり
    • 東北に生きる東北に生きる