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働く 集う 和む<br>弘前シードルのブランディングを担う新拠点<br>──A-FACTORY 弘前吉野町シードル工房

「A-FACTORY 弘前吉野町シードル工房」は、弘前れんが倉庫美術館内の「CAFE & RESTAURANT BRICK」に併設。カウンターの奥で実際にシードルが醸造されている

働く 集う 和む
弘前シードルのブランディングを担う新拠点
──A-FACTORY 弘前吉野町シードル工房

「A-FACTORY 弘前吉野町シードル工房」は、青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館内の「CAFE & RESTAURANT BRICK(カフェ&レストラン ブリック)」に併設されたシードル醸造工房だ。天井の高い広々とした空間にシードルを醸造するタンクが並ぶ。かつては吉野町煉瓦倉庫であったこの地に開業した美術館に、シードル醸造工房とカフェ&レストランを備えたことは、どのような意味を持つのだろうか。

新開業の美術館
カフェ&レストランの目玉は「シードル醸造タンク」

 弘前れんが倉庫美術館(青森県弘前市吉野町)の、美術館棟の隣。カフェ・ショップ棟で営業中の「CAFE & RESTAURANT BRICK」(以下、BRICK)で来店者を迎えるのは、青森県産シードル(リンゴ果汁を発酵させたお酒)の醸造タンクだ。BRICK店長の小野恭子さんは、お客さまの反応をこう話す。

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両脇2基の大きなタンクで各1800L、内側5基のタンクで各600Lのシードルが醸造されている

 「お客さまはお店に入るとすぐ、目の前に大きな醸造タンクが並んでいることに注目されます。実際に今もタンクは稼働中で、タンクの向こう側では醸造元のA-FACTORYさんがシードルづくりの最中です。タンクに人が上っていたり、作業の様子もときどき見えるんですよ。シードルづくりで知られる弘前市といえども、その設備をこんなに間近で見られるレストランはありません。ご来店の瞬間、多くの方が驚き、スマホや一眼レフカメラでタンクの写真を撮られる方も結構いらっしゃいます」(小野さん)

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弘前BRICK株式会社
CAFE & RESTAURANT BRICK 店長
小野 恭子さん

 弘前れんが倉庫美術館と同じく、2020年7月にBRICKはグランドオープンした。折しもコロナ禍に見舞われ、弘前市でも営業自粛・時短営業の要請があった。そのため「当初想定したほどご来店者数は伸びなかった」と小野さんは振り返るが、最近はそれも回復傾向にあり、外国人観光客が来店する機会も増えたという。
 「当店では『青森産樽生シードル』など複数種のブランドシードルを取りそろえていますが、やはりお食事をされる目の前に醸造タンクが並んでいると、『あれでつくったシードルを飲んでみたい!』とご注文される方が多いですね。海外ではシードル文化が広く普及していますし、外国からのお客さまも積極的に日本産シードルを嗜んでいらっしゃいます」(小野さん)

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レストランでは、A-FACTORY 弘前吉野町シードル工房のシードルだけでなく、より良い品質を目指して共に切磋琢磨する他の工房のシードルも取り扱っており、併設のミュージアムショップで購入もできる

日本初の国産シードルが生まれた「吉野町煉瓦倉庫」

 なぜ新たな美術館施設の中に、シードル醸造工房が併設されたのだろうか。それを知るためには、弘前れんが倉庫美術館の成り立ちを振り返る必要がある。
 そもそも弘前れんが倉庫美術館は、2020年7月11日にグランドオープンした「地域のクリエイティブ・ハブ(文化創造の拠点)」である。ホームページによると「建築の記憶の継承と、新たな空間体験の創出」「地域の新たな可能性の開発と歴史の再生」「異なる価値観の共有と開かれた感性の育成」の3つを活動のミッションに据えている。
 美術館のある場所は、かつて「吉野町煉瓦倉庫」と呼ばれていた。1896(明治29)年、実業家・福島藤助が現・弘前市茂森町で日本酒「吉野桜」の製造を開始。その後福島は、もともと"りんご園"だった当地を譲り受け、茂森町の工場・倉庫を移築させた。レトロモダンを醸す、弘前れんが倉庫美術館の基盤もこのとき福島によって築かれている。
 そして、吉野町煉瓦倉庫は「日本初の国産シードル」が製造された場所でもあった。
 1953(昭和28)年、酒造メーカーの社長だった吉井勇は、りんご加工品調査を目的とした欧米視察で、ヨーロッパ発祥の"シードル"を知った。そこでシードルに可能性を感じた吉井は、帰国後に朝日麦酒株式会社(現・アサヒビール)と連携し、朝日シードル株式会社弘前工場を当地で創業。フランスから招聘した技術顧問に技術を学び、56年には弘前シードルの販売を開始した。これが「日本初の国産シードル」誕生の経緯である。吉井によるシードル事業は、その後ニッカウヰスキー株式会社に引き継がれ、ニッカウヰスキー弘前工場移転後の75年には吉野町煉瓦倉庫の一部取り壊し・合棟が行われる。以降、当地は、主に政府備蓄米の保管用倉庫として20年間ほど利用されていたという。
 しかし時が経つにつれ、著名な美術家や市民から「煉瓦倉庫再生」を望む声があがった。そこで弘前市は94年から、吉野町煉瓦倉庫設置構想を検討。その後、弘前市出身の現代美術家・奈良美智さんが倉庫で個展を開催するなどの活動を行ったことが、実現に向けた後押しにもなった。
 こうして2015(平成27)年、弘前市は当地の土地・建物を取得し、18年から改修工事を開始。以降はスターツコーポレーション株式会社を代表企業とする「弘前市吉野町緑地周辺整備等PFI事業(※)」として開発が進み、20年の弘前れんが倉庫美術館開館に至っている。

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弘前れんが倉庫美術館(右)とカフェ・ショップ棟(左)の外観 ©Naoya Hatakeyama

※民間の資金と経営能力・技術力(ノウハウ)を活用し、公共施設等の設計・建設・改修・更新や維持管理・運営を行う公共事業の手法

「ここでしか製造されない」
弘前吉野町ブランドのオリジナルシードル

 吉野町煉瓦倉庫から弘前れんが倉庫美術館へ。新たな市民の誇りになり得る"芸術文化拠点"に転換するに当たり、弘前市と開発元にはある思惑があった。それは日本初の国産シードルが生まれた当地で、もう一度"弘前シードル"の文化を再生することだった。
 そこで白羽の矢が立ったのが「A-FACTORY」。株式会社JR東日本青森商業開発(以下、JRE-ABC)が青森県産りんごの加工品開発を目的に立ち上げた事業である。
 「JRE-ABCは規格外品の青森県産りんごを用いたシードル製造を既に青森市で行っており、東北新幹線の新青森駅が開業した2010年12月、青森駅近郊の青森ウォーターフロントエリア内でシードル工房併設の複合施設『A-FACTORY』を開設しています。『弘前吉野町シードル工房』はそのA-FACTORY 2番目の拠点であり、21年4月にはJR弘前駅にコンセプトショップ『BRICK A-FACTORY』も開業しました」
 そう話すのは、青森A-FACTORY開設時から事業に携わり、弘前吉野町シードル工房の工房長・工藤直樹さん。工藤さんは、かつて青森A-FACTORYで工房長を務め、弘前に新たな工房が新設されるに当たり、そちらを後任に託して赴任し、現在は両工房を統括する責任者の立場でもある。
 「A-FACTORYは "地域活性化"を目的としたJR東日本の新規事業です。開設直後は東日本大震災に見舞われるなど大変なことも多くありましたが、10年以上の活動を通じて青森県産のりんごを使ったシードルの認知度が高まり、国内外のお客さまも年々増加し、売上も右肩上がりで伸びています。そんな折、16年に弘前市による芸術文化施設リニューアル計画に伴う、美術館のC棟となるカフェ・ショップ棟でのシードル工房併設のお話があり、既に実績のある私たちがお引き受けすることになったのです」(工藤さん)

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株式会社JR東日本青森商業開発 営業部
A-FACTORY 弘前吉野町シードル工房 工房長
工藤 直樹さん

 弘前吉野町の工房で製造された"蔵出し・直送"シードルは瓶詰めされ、BRICK併設のミュージアムショップで販売されるほか、レストランでも「本日のアオモリシードル弘前吉野町」のメニュー名で提供されている。シードル製造の主な工程は「原料受入→仕込み(洗浄・破砕・搾汁・タンク移送)→発酵→タンク内熟成→ろ過→瓶詰め」だが、弘前吉野町の工房ではさらに工程を加えている。そのため、同店で販売・提供されるのは"吉野町A-FACTORYだけ"のオリジナルシードル。そのこだわりを工藤さんはこう語る。

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シードルはカウンター内でサーバーから注がれ、提供される

 「『A-FACTORY アオモリシードル』とはまた別ブランドの、『A-FACTORY アオモリシードル弘前吉野町』として販売しています。青森A-FACTORYでは炭酸ガスを人工的に注入するカーボネーション方式を採用していますが、吉野町A-FACTORYではろ過後にもう一度発酵させるタンク内二次発酵方式を採用しており、自然発酵由来の炭酸ガスを含んだシードルに仕上げています」(工藤さん)

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A-FACTORY弘前吉野町シードル工房のチャレンジの一環として誕生した「A-FACTORY アオモリシードル弘前吉野町」。「17〈ミディアム〉」「18〈スイート〉」など種類によって甘みや酸味のバランスが異なり、さまざまな味わいが楽しめる

シードルを"弘前活性化"を担う新コンテンツに

 A-FACTORYによる"弘前吉野町"ブランドの新商品に、工藤さんがかける想いも大きい。
 「実は、私の実家はりんご農家を営んでいるんです。高校卒業後、私は東京の会社に就職しましたが、結婚を機に弘前へ帰郷し、当初は家業を手伝っていました。しかし冬季は農業が落ち着くこともあり、弘前市の日本酒メーカーに応募したところ採用され、現在はJRE-ABCに転籍しましたが、A-FACTORYの設立時にはその日本酒メーカーからの出向として関わりました。最初は"シードル"という名前すら知らなかった私も、今ではすっかりシードルに魅了されました。日本酒造りともまったく勝手が異なり、はじめは味が辛くなり過ぎたり、嫌なニオイが出てしまったり......。でも、10年間以上の歳月を経て理想の味に近づけたと思います」(工藤さん)
 弘前シードルは弘前活性化を担うであろう新コンテンツである。昨今は市内において、"音楽とともにシードルとご当地料理を楽しむ"シードルナイトを企画するなど、弘前市もそのブランディング活動に注力している。シードル醸造家や、りんご農家を巡る観光イベントもたびたび企画され、BRICKもシードルに合う料理を特別提供するコラボ企画が開催された折に参加している。今後、BRICKおよびA-FACTORY 弘前吉野町シードル工房が、"弘前シードル"のご当地ブランディングを担う新拠点になることがますます期待される。

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レストランの2Fに客席は設けられていないが昇ることができ、れんが倉庫らしい建物の趣を味わえる

 そこで工藤さんに今後の展望について聞いてみた。
 「工房長としてほぼ毎日工房の現場に来て、BRICKさんとも頻繁にコミュニケーションをとる中で、特にレストランでご提供される料理に合うよう、シェフのご意見などをシードルづくりにフィードバックしています。ここは吉野町煉瓦倉庫の時代から酒造りが行われ、とりわけ"弘前シードル発祥地"としての歴史もある場所。その地で活動できることはとても意義深く、やりがいも大きいです。小野さんたちBRICKの皆さまと一緒に、弘前を盛り上げていきたいです」(工藤さん)
 それに呼応するように小野さんも語る。
 「BRICKは弘前市中心市街地から少し離れた場所にあり、残念ながら地元の方々が大勢いらっしゃるような場所にはまだなっていませんが、併設のシードル工房の存在が地元を盛り上げるために行えることの可能性を広げてくれます。例えば、今春行われる津軽観光キャンペーン『ツガル ツナガル』(津軽地方14市町村の自治体・観光関係者とJR東日本が一体で実施する観光キャンペーン)にもA-FACTORYとBRICKが参加しています。今後は地元の皆さまに積極的にご利用いただける場所へと発展させるとともに、遠方からはるばる来られる観光のお客さまにも『弘前に来て良かった!』と思っていただける仕掛けも展開していきたいです」(小野さん)
 シードル工房とレストランが手を取り合うことで、弘前に今後、どのような新たなコンテンツが生まれるのか楽しみだ。

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