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メタバースとリアル<br>メタバースが人間の可能性を最大限引き出す

メタバースとリアル
メタバースが人間の可能性を最大限引き出す

メタバースとは一般的に「インターネット世界に構築された仮想空間」を指す。「ユーキャン新語・流行語大賞2022」のノミネート30語にも選出され、企業各社がメタバース事業を展開中だ。メタバースは、リアルの世界をどのように変えていくのか。人間拡張工学、バーチャルリアリティを専門とし、メタバースに詳しい東京大学の稲見昌彦教授に、その考えを伺った。

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稲見昌彦
東京大学 総長特任補佐
先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授
1972年東京都生まれ。99年東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。電気通信大学教授、マサチューセッツ工科大学客員科学者、慶應義塾大学大学院教授などを経て、2015年東京大学大学院情報理工学系研究科教授、16年より現職。専門は人間拡張工学、バーチャルリアリティ、エンタテインメント工学。光学迷彩や動体視力増強装置など、空想と科学をつなぐ技術を多数開発。18年より東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター応用展開部門長を兼務。

メタバースで人間はどこまで変われるのか

 人間にとって「自分らしさ」とは何でしょうか。もちろん、その方の努力次第で自分の身体・内面を変えることは可能です。しかし基本的に私たちはこの世に生を授かったそのときから「自分」を選ぶことはできません。
 けれども、メタバース空間上では「自分らしさ」を選択できます。環境だって変えられます。例えば、年齢が大きく離れた祖父母と孫が、お互いに好きなキャラクターになってコミュニケーションをとる、なんてことも可能になります。
 そもそもメタバースとは何なのか。その定義には諸説がありますが、私の考えるメタバース"一丁目一番地"は「複数の人が交流できる」バーチャルスペースです。オンラインゲームとして人気を博した『フォートナイト』(※1)が「メタバースか否か」といった議論がありますが、その意味で私は『あつまれ どうぶつの森』(※2)のようなゲーム空間も含め、場合によってはメタバースに含まれると考えています。
 さらに、そこからもう一歩踏み込んでみるならば、メタバースは「本質的にインクルーシブなメタ媒体(※3)」です。パソコン・スマホがマルチメディア化した歴史と同様、メタバース上にはさまざまなメディアが包括されていくことになるでしょう。
 同時にメタバースは「人間の能力を最大限引き出す」装置になります。メタバースと聞くと、シミュレーテッド・リアリティ(現実性のシミュレート)をイメージされることが多いですが、それは本質ではありません。
 アバターの特徴が、実際に操作する人間の性格・行動特性に影響を与えることをプロテウス効果といいますが、研究では「アインシュタインのアバターを使うと認知課題解決能力が向上した」「白人女性が黒人女性のアバターを使ったところ黒人の方に対する無意識な偏見がなくなった」なんて報告もあります。それだけ人間はアバターに影響を受けるということです。
 現実の物理法則とは違った機会・ルールを、メタバース空間上の身体・環境に取り入れることで、人間の可能性を最大限引き出す──それもメタバースの大きな特徴といえます。

※1 2017年に公開された米・Epic Gamesが販売・配信するオンラインゲーム
※2 2020年に任天堂株式会社より発売されたNintendo Switch用ゲームソフト
※3 「インクルーシブなメタ媒体」とは、音声、テキスト、画像、映像などの既成メディアを区別なく包括的に統合し、活用できる媒体、を意味する

「リアル」「現実」という言葉は古くなるかもしれない

 しかし、よくよく考えてみれば、人間はすでに「スーツを着ると仕事モードに」「旅行に行くといつもとは違う自分に」など、目的や役割によって自分の衣服・環境を自由に変えながら生活をしています。メタバースもそれと似たようなことなのかもしれません。現実にコスプレをするには少々抵抗がある人でも、メタバースではそれをカジュアルかつ簡単に行うことができ、コスプレに対する意識も変わるかもしれません。

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東京大学では、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、令和元年度の卒業式・学位記授与式を大幅に縮小して開催した。それを受け、卒業式における一体感やお祭り感を得るために有志が集い、卒業生が大学でどんなことをしてきたのか、これからどんなことをしていくのかを語り合うイベントをバーチャル空間上で開催。当日は、稲見教授もプレゼン用の巨大アバターを着用して参加した

 では、メタバース時代が到来すると「リアル」とか「現実」と呼ばれている既存の世界はどのような価値を持つのでしょうか。私はそもそも、そうした思考自体がもはや古いのかもしれない、と考えています。
 リアルとバーチャルの関係性を強いて挙げるならば「都市と自然の関係性」に近いと考えています。「都市で働いているだけでは息が詰まってしょうがない。たまには自然に囲まれた場所へ旅行に行って息抜きをしたい」──それと同様のことが、メタバース世界では起こっていくでしょう。
 さらにメタバースのプラットフォームは、何も「一つ」とは限りません。チャンネルを選んで好きなテレビ番組を見るように、複数のメタバース(マルチ・メタバース)が生活シーンに介在し、「物理世界」と、お好みの「情報世界」を自由に行き来する。メタバース世界はそのような生活シーンをもたらすでしょう。
 メタバースを知るには、体験していただくのが一番です。かの松下幸之助は「百聞百見は一験にしかず」とおっしゃったそうですが、「聞く・見る」を何度重ねても、たった一度の"体験"には勝てません。体験せずにメタバースの善しあしを決めてしまうのはもったいない。VRゴーグルがなければメタバースを体験できないわけでは決してありませんが、3次元立体映像の中での没入感を、まずは一度でも体験していただき、実際にその目で真贋を見極めていただきたいと願っています。

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コロナ禍の影響で国内の研究者同士の交流機会が著しく減少したことから、双方向コミュニケーションを現実と相違ないレベルで実現可能なメタバース空間を学術交流の場にしようと、「VRC理系集会」を隔週金曜日に開催。稲見教授も第13回VRC理系集会の特別講演で登壇している(理系集会提供)

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