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インバウンドのこれまで・これから<br>Case.2<br>「ここでしかできない」高付加価値な体験を地域と協力することでつくり上げる

「日本酒の仕込み体験」というコンテンツは、それだけで訪日する高付加価値を提供している

インバウンドのこれまで・これから
Case.2
「ここでしかできない」高付加価値な体験を地域と協力することでつくり上げる

長野県佐久地域(佐久市、小諸市、佐久穂町)では、酒蔵を観光資源とし、蔵人体験と宿泊施設を兼ねた日本初の「酒蔵ホテル」や、その宿泊施設を核にネットワーク化した観光客誘致の取り組みを行っている。その中核会社である株式会社KURABITO STAY代表取締役の田澤麻里香さんに、これまでの経緯を聞いた。

酒蔵に足を踏み入れた際の感動が事業アイデアの原点

 2020年春、長野県佐久市臼田地区に新たにオープンした「KURABITO STAY」は、かつて蔵人たちが寝泊まりしていた古民家を改装した酒蔵ホテルに滞在しつつ、現役の酒蔵で商品となる日本酒の本格的な仕込み体験ができるという施設である。この事業を立ち上げたのは、株式会社KURABITO STAY代表取締役の田澤麻里香さんだ。

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田澤麻里香さん
株式会社KURABITO STAY 代表取締役

 田澤さんは東京での旅行会社やワイン輸入会社勤務を経て、出身地の長野県小諸市に戻り、一般社団法人こもろ観光局で働いていた時期があった。その頃、縁あって隣町の佐久市で300年以上の歴史を持つ橘倉(きつくら)酒造の経営者と親しくなり、酒蔵に入らせてもらったことがあったという。
 「扉の金具、柱や梁、蔵の中に置かれた道具などの一つひとつが、ほかのどの世界にもない、独自の異空間を創り出していました。旅行会社の社員時代に、観光地でお客さまの反応を数多く見てきた経験から、ここに一歩足を踏み入れれば、海外の方は絶対に感動するに違いないと確信したんです」
 さらに田澤さんは、酒造りを見学する機会も得る。日本酒の仕込みは多くの工程が人を介して行われ、しかも作業に当たっては、微生物の働きに合わせた繊細さが求められる。「日本酒は人と微生物が創り出した奇跡のお酒だ」と感じたという。そして酒蔵に隣接する古民家が、今は休憩室程度にしか使われていないことを知ったとき、「古民家を酒蔵ホテルにして、日本酒の仕込み体験をしてもらう」という事業プランが浮かんできた。
 「橘倉酒造さんにご相談したところ、橘倉さんでも社会に開かれた酒蔵を目指していたこともあり、仕込み体験について全面的に協力したいとの返事をいただきました。また古民家も、無償で譲り渡してくださることになりました」

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かつて日本酒造りをしていた蔵人たちが宿泊していた古民家を改装して誕生した酒蔵ホテル「KURABITO STAY」

 ところが事業がこれからというタイミングで、新型コロナウイルス感染症の拡大に見舞われる。そのため約2年間にわたり、インバウンドの受け入れを断念せざるを得なくなった。ただ、在留外国人が高い関心を示し、コロナ禍においても、参加者の半数を外国籍の方が占めるといった光景がよく見られた。そしてインバウンド受け入れが本格的に再開した22年秋以降、海外メディアでの報道やSNSなどで仕込み体験のことを知った訪日予定者からの予約が急増しているという。

責任が求められるからこそそれが特別な体験になる

 KURABITO STAYでは参加者に朝食は提供するが、それ以外は泊食分離を採用しており、昼食と夕食は地域の商店街の飲食店を利用してもらうようにしている。これは「せっかく佐久市の臼田地区に来てくださったお客さまに、地元を広く体験してもらいたい」という田澤さんの思いによるものだ。
 ただし臼田地区は観光地ではないため、インバウンドの受け入れに慣れていない。そこで田澤さんたちは、SAKU酒蔵アグリツーリズム推進協議会を設立。農林水産省から同協議会に農泊補助金や農山漁村振興交付金が交付されたことを受け、これを元手に地元飲食店の英語メニューの作成や、店主や従業員を対象としたおもてなし研修などを実施した。また、佐久地域にある橘倉酒造以外の酒造メーカーの認知度を高めるため専門家に依頼。各酒蔵ごとの銘柄のテイスティングコメントを作成してもらい、協議会のホームページで公開した。

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農林水産省からの補助金や交付金を活用し、地元飲食店の英語メニューを作成した

 現在、日本酒の仕込み体験は、2泊3日で約7万~7万5000円程度の価格設定としている。現地の宿泊相場からすると、決して安くはないが、ほかに類がないプログラムであることから、日本人・外国人を問わず、即座に予約が埋まるという。

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事前に決められたルールを守らなければ、日本酒の仕込みに参加することができない

 「こうした高付加価値サービスを提供することで得られた利益は、スタッフに還元し、お客さまもスタッフも幸せになるビジネスを目指しています」
 またKURABITO STAYでは参加者に対して、「責任ある旅行者」であることを求めている。酒蔵の中の微生物は、わずかな環境の変化で状態が大きく変わる。そこで参加者に対して、シャワーで体の汚れを洗い流し、爪を切った上で、酒蔵に入るなどのルールを課している。
 「責任が求められるからこそ、お客さまは特別な体験ができると感じられるようです。実際に皆さま、『ここまでやらせてもらえるとは思わなかった』とおっしゃいます。中には感動のあまり、涙される方もいます」
 世界的に体験ツーリズムに対する人々の関心が高まる中、KURABITO STAYの取り組みは、日本の食や酒、文化に関心のある訪日旅行者の心を確実につかんでいる。

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日本食の人気が高まるにつれ、日本酒への関心も高まっている

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