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インバウンドのこれまで・これから<br>Case.1<br>地理的に不利な環境にあっても魅力的なコンテンツを磨き上げれば目を向けられる

東日本大震災で廃船となった「観光船はまゆり」が巡っていた釜石湾内を、地元漁師の漁船で案内する「漁船クルーズ」は人気メニューの一つ

インバウンドのこれまで・これから
Case.1
地理的に不利な環境にあっても魅力的なコンテンツを磨き上げれば目を向けられる

サステナブル・ツーリズムへの関心が高まる中、岩手県釜石市は持続可能な観光地の国際的な認証団体グリーン・デスティネーションズから、「世界の持続可能な観光地TOP100選」に2018年から5年連続で選出され続けており、注目されている。取り組みを推進する株式会社かまいしDMC代表取締役の河東英宜(かとうひでたか)さんに話を聞いた。

地域で暮らす「人」が最大の観光資源

 岩手県釜石市が地域全体を屋根のない博物館に見立てた「釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想」を掲げ、観光に力を入れ始めたのは2017年度のこと。製鉄業が最盛期だった時代、9万人に達した市の人口は3万人にまで減り、今も減少が続いている。そのような中、地域を元気にする手段として観光を活用することにしたのだ。
 釜石の観光施策が他地域と異にするのは、地域(=屋根のない博物館)で暮らす「人」を最大の観光資源にしたこと。釜石を訪ねた旅行者が、農業や林業、漁業などを営む地元の人たちと交流し、農業や漁業体験を行うプログラムが数多く用意されている。また、法人を対象とした研修型ワーケーションの誘致にも積極的だ。これも地元の企業や住民と交流を重ねながら、人口減や東日本大震災等、釜石が直面してきたさまざまな課題について知ってもらい、課題解決策や地域活性化策を考えてもらうというプログラムである。
 釜石の観光推進を担う株式会社かまいしDMC代表取締役の河東英宜さんは、次のように語る。

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河東英宜さん
株式会社かまいしDMC 代表取締役

 「釜石には、有名な神社仏閣もなければ、海や山には恵まれているといっても、突出した景勝地があるわけでもありません。ですが、釜石で暮らす人々に会いに来る観光や、人々と共に何かを行う観光であれば、成り立つのではないかと考えたのです。DMC(※1)として最初に取り組んだのも、環境に配慮したサステナブルな農業に挑戦しているなど、地域の魅力的な『人』を発掘することでした」
 元々は製鉄を中心とした工業都市であり、観光地ではなかった釜石。観光を地域おこしの軸に据えることにしたのは、多くの市民が観光に関わることで、このまちならではの良さを発見し、その「住まう誇り」を高めていきたいという狙いからだった。また地域外の人には、釜石を訪ねたことをきっかけに、まちや人々に魅力を感じてもらい、地域に関わり続ける関係人口(釜石では「つながり人口」と呼ぶ)を増やす目的もあった。

※1 Destination Management Companyの略。開催地に関する豊富な専門知識や情報、経営資源等を活用し、MICE等に関わるプログラム、ツアー、輸送・運送計画等を企画・提案し、サービスを提供する専門会社のこと

コンセプトを絞り込んだインバウンド施策を展開

 釜石市ではインバウンド向け施策として、「ラグビー」「防災」「アドベンチャーツーリズム」の三つを柱にしている。
 釜石は、かつて何度も全国優勝を遂げた実業団チームの新日鉄釜石で知られるラグビーが盛んな土地柄であり、19年のラグビーワールドカップ日本大会では開催都市の一つとなった。そこで海外の高校や大学、クラブチームを釜石に招き、ラグビーを通じた人的交流を推進している。
 次に、防災について、東日本大震災が発生した際、釜石の小中学生が的確な避難行動によりほぼ犠牲者を出すことなく、津波の難を逃れることができたという出来事があった。
 「日本と同様に津波被害が多いインドネシアなどの国々では、『なぜ釜石ではそれを実現することができたのか』について強い関心があります。そこでかまいしDMCではJICA(国際協力機構)と提携し、釜石の防災システム・教育に関する情報をこれらの国々に提供するとともに、釜石で防災に携わる方々と、海外の防災関係者とのつながりを深めていきたいと考えています」
 そしてアドベンチャーツーリズムについては、釜石は訪日旅行者にも人気が高い「みちのく潮風トレイル」(※2)のコースになっている。訪日旅行者の中には、自然歩道を歩きながら、その地域の文化や歴史、人々の暮らしぶりについて関心を持つ人も多い。そこでかまいしDMCでは、訪日旅行者向けのガイド派遣を実施しており、地域の人々との交流を望む旅行者のニーズに応えている。

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釜石市はラグビーを通じた人的交流のほか、東日本大震災での経験に基づいた防災教育(写真上は「企業向け震災から学ぶリスクに強い組織づくり研修」の様子)、「みちのく潮風トレイル」(写真下)や、漁業と観光の一体化をテーマに、ボードの上で立った状態で漕ぐスタンドアップパドルボードで定置網まで行き、漁業を見学して魚をもらい、キャンプ場で焼いて食べるなどのアドベンチャーツーリズム、の3つを柱にインバウンド施策を展開する

 このように釜石では、さまざまな目的で訪日する外国人旅行者をおしなべて受け入れるというよりは、「ラグビー」「防災」「アドベンチャーツーリズム」の三つにコンセプトを絞り、そのテーマに関心のある旅行者をターゲットに設定した。また、いずれの取り組みにおいても、やはり「人」を最大の観光資源とし、訪日旅行者と地域の人との交流を重視したプログラムづくりを行っている。
 「これからの観光のかたちは、地域の人々を主体としたコミュニティベースドなものに変わっていくだろうと言われますが、まさに私たちの実践もそうした方向性に沿ったものです。観光関係の専門家の皆さまからは、『釜石は首都圏から遠いことが弱点だ』といった指摘をよく受けます。ですが、たとえ地理的に不利な環境にあったとしても、魅力的なコンテンツを私たちの手で磨き上げていけば、必ずや釜石に目を向け、訪れる方がいることを実証していきたいと思っています」
 「人」を最大の観光資源とし、地域の魅力を発信し続ける釜石市の挑戦は続く。

※2 青森県八戸市から福島県相馬市までの太平洋沿岸をつなぐロングトレイル。トレイルとは、森林や原野、里山などにある「歩くための道」のこと

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