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インバウンドのこれまで・これから<br>地域偏在の解消や環境面への配慮など<br>より良い観光の在り方が大切になる

インバウンドのこれまで・これから
地域偏在の解消や環境面への配慮など
より良い観光の在り方が大切になる

2019年、訪日外国人旅行者数は過去最高の3188万人を記録し、その消費額は約4.8兆円にも及んだ。だが直後のコロナ禍により、20年3月の訪日客数は前年同月比93.0%減となる。その2年後の22年2月までほぼ毎月、19年比で99%台の減少が続いた。22年10月11日、日本政府は国内外の動向を受け、入国者数の上限を撤廃し、一時的に停止されていたビザ免除措置を再開。ついに、インバウンドは解禁され、その回復に期待が募っている。一方で、コロナ禍でいったん立ち止まる機会があったからこそ、これまでのインバウンドの受け入れにおける課題も見えてきた。では、これからのインバウンドの在り方とはどのようなものなのか。独立行政法人国際観光振興機構(日本政府観光局/JNTO)の中山理映子理事に、コロナ禍を経て明らかになったこれまでの課題、そしてこれからの方向性について話を伺った。

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中山 理映子 なかやま・りえこ
独立行政法人国際観光振興機構
理事

1994年運輸省(現・国土交通省)入省。2016年独立行政法人国際観光振興機構(日本政府観光局/JNTO)パリ事務所長、19年国土交通省大臣官房参事官(地域戦略)、20年国土交通省総合政策局国際政策課長、21年国土交通省海上保安庁総務部政務課長などを経て、22年6月より現職。

訪日旅行者は増えたが課題も浮かび上がってきた

 2010年に861万人だった訪日外国人旅行者数は、新型コロナウイルス感染拡大直前の19年には、3188万人にまで増加しました。これは日本が、官民挙げてインバウンド観光促進に取り組んだ成果だと思います。
 当時私もJNTOのパリ事務所長として、フランス語圏に住む方々に向けて、日本についての情報発信を行っていました。現場にいたときに強く感じたのは、日本の観光コンテンツの豊富さです。桜や雪など四季折々に楽しめる自然、神社仏閣、伝統文化・伝統芸能、和食・日本酒、温泉や旅館、東京や大阪などの都市観光、テーマパークなど、人々が旅に求める多様なニーズを満たせる観光資源が豊富にあるのが、日本の強みです。
 ただし日本が推進してきたインバウンド観光促進は、確かに大きな成果を収めましたが、課題も浮かび上がってきました。
 その一つが、訪問地の偏在です。訪日旅行者の圧倒的多数は、東京、京都、大阪といったゴールデンルートは巡りますが、地方部にまでは足を運びません。そのためインバウンドが地方経済にもたらす恩恵は限られたものになりました。一方で京都などの観光地では、あふれかえる旅行者によって地元住民の日常生活に支障が生じるなどの問題が起こりました。
 また訪日旅行者1人当たりの旅行消費額は、中国人旅行者による爆買いが話題となった15年をピークに伸び悩みが続き、日本経済の活性化に、十分に結び付けられたとはいえない面がありました。
 さらに、サステナブル・ツーリズム(※1)への対応の遅れもあります。近年、ヨーロッパを中心として、環境に優しい方法で旅行することや、旅行先に対して環境に配慮した取り組みを行っていることを求める旅行者が増える傾向にあります。実際、訪日経験のあるフランス人に、日本のサステナビリティについての印象を尋ねた調査では、「過剰にプラスチックを消費」「商品を過剰に包装」といった回答が上位を占めました。

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 22年秋、日本はコロナ禍によって止まっていた訪日旅行者の受け入れを、2年半ぶりに本格的に再開しました。最近、「災害からのよりよい復興」を意味するビルド・バック・ベターという言葉が、コロナ禍で傷ついた観光の世界でも使われるようになっていますが、日本のインバウンドにおいても、ただ訪日旅行者数をコロナ前に戻すだけではなく、地域偏在の解消や環境面への配慮など、より良い観光の在り方を実現することが大切になります。

※1 国連世界観光機関では、「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義する

コロナ後を見据えた新たなインバウンド施策

 サステナブル・ツーリズムの推進に向け、JNTOでは、それが世界的に観光の必須の要素となってきていること、同時に、インバウンド観光を日本の自然や文化の保護・伝承や、地域活性化につなげていくことの重要性を国内の観光関係者にお伝えしています。海外向けには「自然と自然に根ざした文化」をコンセプトに、日本のサステナブル・ツーリズムに対応した観光コンテンツを英語で紹介したデジタル・パンフレットを制作しました。世界遺産のブナ林で多種多様な動植物と触れあう白神山地ネイチャーツアーや、出羽三山での山伏修行体験など、魅力的なコンテンツを掲載しています。
 サステナブル・ツーリズムのコンテンツを充実させることは、訪問地の偏在を解消することにもつながります。台湾、シンガポール、韓国等リピーターの多い国・地域からの観光客には、多様な地方の観光コンテンツを提案していくことで、さらなる再訪と地方誘客につなげていきたいと考えています。一方、欧米豪からの旅行者は長期滞在者が多く、前述のようにサステナビリティへの関心も高いので、効果的な訴求さえできれば、地方に意識を向けてくれる可能性は高いと想定しています。
 また1人当たりの旅行消費額を増やすためには、1回の旅行で1人100万円以上を着地消費する層をターゲットに、高付加価値旅行の推進に取り組もうとしています。彼らが求めるのは、特別で上質な体験、また現地での「本物」を体験するということです。例えば著名な職人との交流や、現代アートや伝統文化を体感する旅といったコンテンツを磨き上げ、情報発信していきたいと考えています。
 さらにはアドベンチャートラベルの充実にも注力しています。これは「アクティビティ」「自然」「文化体験」のうち、最低二つを含む旅行のことをいい、欧米の旅行者の間で人気が高まっています。専門のガイドを雇うケースが多く、滞在期間も長いため、1人当たりの旅行消費額も高くなる傾向があるのが特徴です。アドベンチャートラベルにおける日本の強みは、地域や季節によって異なる変化に富んだ自然と、それが生み出す精神性や地域文化にあります。古来から伝わる巡礼者の足跡を辿る熊野古道の旅は、その好例といえるでしょう。
 MICE(※2)についても、欧米等では対面での国際会議がどんどん復活する中、日本への誘致にしっかり取り組んでいきます。日本を訪れる方々と国内で受け入れる方々の双方にとって、実りの多いインバウンド観光の促進に今後も努めていきます。

※2 企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行=Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字を使った造語で、これらのビジネスイベントの総称

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インバウンド観光振興の草創期を牽引した「喜賓会」

昔、外国人は日本を自由に旅行できなかった

 明治中頃まで、日本を訪れた外国人は、国内旅行の自由が許されなかった。幕末の開国時に設定された外国人居留地から10里(約40㎞)四方は遊歩区域として出掛けることはできたが、それより外の地域を旅行する際は、外務省から「外国人旅行免状」を発行してもらう必要があった。当時は諸外国との不平等条約もあり、社会的にも訪日旅行者を歓迎するムードになく、政府も積極的に受け入れる姿勢をとることができなかった。
 一方で、日本の欧化政策は進んでいく。外務卿・井上馨は洋風の鹿鳴館を建設し、諸外国との社交場として利用した。また、海外の貴賓客をもてなすために帝国ホテルを開業。時代は、訪日旅行者をもてなす組織の必要性の議論へと発展していく。
 そんな中、1893(明治26)年3月、来訪する外国人を歓迎し滞在中の便宜を図ることで、訪日旅行者のさらなる誘致につなげることを目的とした「喜賓会」が組織される。発起人は渋沢栄一、益田孝など実業界の大物や、貴族院議長も務めた蜂須賀茂韶(はちすかもちあき)侯爵といった政財界の重鎮たちだ。

日本で初めて訪日旅行者誘致に取り組んだ「喜賓会」

 喜賓会の事業は多岐に及んだ。国内の宿泊・案内事業者に対するアドバイスをはじめ、訪日旅行者に対してさまざまな施設の観覧視察を可能とするための便宜。また、訪日旅行者を日本人に紹介したり、ガイドブックや地図の刊行、さらに印刷物の海外配布を行い、観光宣伝も行っていた。

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(左)喜賓会が1907(明治40)年に刊行した『日本での(外国人)旅行者のためのガイドブック』第3版。両表紙を広げると一枚の絵となる凝った意匠が施されている(青羽古書店提供) (右)1899(明治32)年に廃止されるまで、外国人の日本国内旅行は、「外国人旅行免状」による外務省からの許可が必要とされた。写真は群馬県甘楽郡甘楽町にある甘楽町歴史民俗資料館展示品の「外国人旅行免状(写し)」(甘楽町教育委員会提供)

 もっとも、喜賓会は民間組織であったため、その活動には限界があった。より強力な訪日旅行者誘致斡旋機関設立の必要性が議論され、1912(明治45)年の官民合同によるジャパン・ツーリスト・ビューローの発足に伴い、役割を終えて解散した。
 喜賓会は、日本のインバウンド観光振興の始まりであり、その思いは現在の日本政府観光局(JNTO)へと確かに受け継がれている。

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