未来の「食の新常識」
Case.1 マクタアメニティ株式会社
スマホ撮影だけで瞬時においしさが「見える」!
味の見える化やロボットによる調理など、空想のものと思われた食のスタイルが、既に目前に現れている。それを支えるのは、食の技術革新を総称する「フードテック」の世界。投資対象としても注目され、さらなる市場拡大が期待される。そのいくつかを実際に体験し、身近になりつつある「食の新常識」を紹介する。最初に取り上げるのは、マクタアメニティ株式会社の取り組み。スマホで撮影するだけで、食べ物の甘味・塩味・酸味・旨味・苦味などの味をAIが瞬時に解析する、そんな「夢のシステム」を見てみよう。
「おいしさの見える化」で豊かな食生活を提供する
目の前にある2種類のトマト。タブレット端末のカメラでそれぞれを撮影し、データを転送すると、ほぼ瞬時に解析データが返ってきた。片方のトマトは、酸味と苦味がやや強め。パスタのソース向きか。もう片方は甘味と旨味が比較的強い。こちらはサラダに用いるのがお勧めだろうか。
それぞれのトマトの解析結果。上の3個のトマトは味のバランスが取れており、下の2個のものは酸味が突出していることが一目で分かる
画像をはっきりさせるため、黒い布の上にトマトを置き(左上)、アプリを入れたタブレットで撮影(左下)。データは瞬時にクラウドに転送され、AIが対象のRGBデータを解析し、味覚情報を教えてくれる(右)
画像を撮影するだけでおいしさ(味)を解析してくれるこのアプリケーションの名前は、ずばり「おいしさの見える化」。その名のとおり、甘味・塩味・酸味・旨味・苦味などの味を画像から瞬時に解析してくれるものだ。
「スマートフォンやタブレットで撮影した野菜や果物の画像から、RGBという赤・緑・青の光の3原色を分光して解析し、AIが味覚情報のビッグデータと照合して解析します。システムの仕様によっては、アミノ酸やグルタミン酸などの成分測定も可能です」
そう語るのは、「おいしさの見える化」を提供しているマクタアメニティ株式会社の幕田武広代表取締役だ。
幕田 武広
マクタアメニティ株式会社
代表取締役
撮影された画像はクラウドへ送られてAIによって解析されるので、スマホがあれば誰でもどこでもおいしさを「見る」ことができる。例えば冒頭で紹介したトマトも、産地や栽培方法によって味の特徴が異なる。個体の味が分かれば、好みや目的の料理に適したトマトを購入することができる。
「このシステムでより豊かな食生活を提供できれば、と考えています。生産者側の農家としても、味で差別化を図ることが容易になりますし、小売店も味覚情報を付加することで消費者にきめ細かい販売が行える。いわば川上から川下まで、雲(クラウド)から降ってきた情報をいろいろなところで活用できるのです」
数々の難局を技術との融合で乗り越えてきた
同社が山形大学と連携して「おいしさの見える化」の開発に着手したのは、2010年。少子高齢化の影響などで、衰退していく農業への強い危機感がきっかけだった。
「今までとは違った価値観を生み出し、産業構造の転換を図らなければ日本の1次産業は生き残れないと思います」と、幕田代表。
従来、農産物の品質管理は目利きと呼ばれる熟練者が、自身に蓄積した経験と知識により行ってきた。しかし近年、人材が不足。広いエリアをカバーし、熟練者でなくても客観的に品質を判断できる効率的なシステムの構築が求められていた。
さらに、翌11年に発生した東日本大震災が幕田代表の思いに拍車をかけた。その頃、同社はスーパーマーケット「紀ノ國屋」などに、有機栽培の野菜を独自の流通システムで供給するサプライチェーン・マネジメントを提供する会社だった。ところが、原発事故の風評被害により需要が激減。農産物の新たな価値を創造し「革命」を起こす必要に迫られた。
マクタアメニティは、明治中期に蚕種(さんしゅ)製造業を創業したのが始まりだった。以来、生糸の価格暴落、世界恐慌、そして戦争と、幾度となく大きな困難に見舞われてきた。「その度に、サプライチェーンのいわば突端として、生産者と共に技術力をもって乗り越えてきました。技術で差別化を図らなければ、コスト競争しか道がない。そうなれば、いずれ皆が疲弊して産業そのものが潰れてしまいます。この『おいしさの見える化』という技術が、困難を乗り切るための手段になればと思います」
ニーズに合わせて成長する「出世魚」のような技術
22年春には、株式会社伊藤園と共同で、「おいしさの見える化」技術を用いた茶葉の品質推定技術の試験運用が開始された。対象は荒茶(あらちゃ)と呼ばれる、製品化される前の1次加工品で、経験者の高齢化が深刻な茶農家の、持続的発展に貢献するものとして期待されている。
「お茶の旨味であるアミノ酸や苦み成分などを解析します。伊藤園さまのニーズは1次加工した茶葉(荒茶)の『見える化』であり、加工後の農産物の解析は初の試みでした。今春には実装に至り、個々の農家では持ち得ない高額な測定機器に替わる、『簡便かつ安価』な解析手法であると評価されました」
この「おいしさの見える化」技術は、農産物以外の食品への応用も期待されており、現在も研究が続けられている。
「当初は流通システムの補完として開発しましたが、今では社会に受け入れられつつあり、出世魚のごとく成長してきています。これまでもテクノロジーが新たな時代をつくっており、この技術も食文化の新時代を築けるように育てていきたいです」
エンドユーザー個人が、店頭でスマホ片手においしさを「見る」日常が、もう目の前に迫っている。