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企業とスポーツの新しい関係<br>企業スポーツの効果とは何か?

企業とスポーツの新しい関係
企業スポーツの効果とは何か?

1964年の東京五輪開催をきっかけに、日本においては企業とスポーツの距離が接近したといわれる。以降、長らく企業はスポーツ界を支えてきたが、バブル崩壊を境に、企業が社内に運動部をつくり選手を雇用・支援する形態の「企業スポーツ」は減り、以後、企業とスポーツの関係は希薄になったかのようにも見える。一方で、今も企業スポーツを積極的に進める企業は存在する。企業がスポーツに取り組む、あるいは支援することは、どのような意味を持つのだろうか。日本における企業スポーツの歴史とともに、その理由について、スポーツマネジメントに詳しい公益財団法人笹川スポーツ財団スポーツ政策研究所の武藤泰明所長に話を伺った。

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武藤 泰明 むとう・やすあき
公益財団法人笹川スポーツ財団 理事
同スポーツ政策研究所 所長
早稲田大学 教授
1955年生まれ。78年東京大学教育学部卒業。80年東京大学大学院教育学研究科の修士課程修了、同年株式会社三菱総合研究所に入社。2006年退職、同年4月より早稲田大学教授となり、現在に至る。元日本プロサッカーリーグ理事・経営諮問委員長。『プロスポーツクラブのマネジメント』(東洋経済新報社)など著書多数。

オリンピック出場選手の多くが企業に所属している

 企業が社内に運動部をつくり、スポーツ選手を社員として雇用し、支援する。実は、こうした日本の企業スポーツの形は、諸外国ではほとんど見られません。世界的に見ると「スポーツは地域のスポーツクラブが行う」という考え方が一般的で、企業がスポンサーになることはあっても、クラブを会社の一組織として抱えて選手を支援するのは極めてまれです。
 このような形態が生まれた背景には、戦後、大企業が福利厚生の一環として、運動部を立ち上げたことがあります。大企業の工場の多くは都市から離れた所にあったため、周辺に娯楽がありませんでした。そこで、息抜きできる場をつくろうとしたのです。運動部は当初、社員向けの娯楽でしたが、早い段階からライバルに勝とうと、強化を重視するようになりました。
 企業が本格的にスポーツに力を入れるようになったのは、1964年の東京五輪をきっかけに、運動部がもたらす広告価値に気付いたからです。東京五輪では「東洋の魔女」の異名を持つ女子バレーボールチームが金メダルを取りましたが、大半は大日本紡績(※1)貝塚工場のバレーボールチーム「ニチボー貝塚」のメンバーでした。これで企業イメージが上がったことから、特に鉄鋼メーカーや紡績メーカーなどのB2B企業が熱心に運動部を強化しました。つまり、運動部による企業ブランディングを図り始めたのです。現在はさまざまな業種が企業スポーツに参入しており、多くのオリンピック日本代表選手が企業の所属であることから、今も企業が支える力は大きいといえるでしょう。
 また、企業イメージ向上以外の効果もあります。それは自社の運動部が強いと、従業員の士気高揚や一体感の醸成にもつながること。数千人、数万人規模といった大企業にとって、従業員のロイヤルティーを高める上でも非常に重要な手段だったといえます。

※1 現在のユニチカ株式会社

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1964年東京五輪での「東洋の魔女」の活躍が、企業における運動部がもたらすブランディング効果を気づかせた

企業スポーツの費用対効果は高い

 バブル崩壊以降、業績悪化などを理由に、企業の運動部の休廃部や統合などが目立つようになりました。このことから当時、企業スポーツは衰退の一途をたどっていくとみられていました。
 しかし、2020年代に入っても衰退していません。確かに野球部は昭和30年代のピーク時に200以上あったチームが半分以下に減りましたが、ここまで減ったのは野球部ぐらいです。他の競技は意外にも減っておらず、むしろ新たに参入する会社があります。

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1964年の東京五輪以降、上下はあるものの「会社員」である代表選手の割合は増加。現在も大きく傾向は変わっていないという

 なぜ企業スポーツは衰退しなかったのでしょうか。最大の理由は、企業の広告宣伝やブランディングにおいて、依然としてコストパフォーマンスが高いからです。
 企業スポーツは当然、プロ野球やJリーグなどのプロスポーツチームに比べ、低予算で運営できます。また状況によっては、運営ノウハウがなくても参入することができます。それは、すでに自前の練習施設などを持つ強豪チームを、業績不振である企業から譲り受ける方法です。この場合は、譲渡する企業にもメリットがあるので、選手を譲り受ける費用は一切掛かりません。非常に低コストなのに、ブランディング効果は高い。だから、業績が好調な企業は強豪チームを譲り受けたがる。やめる企業も始めたい企業もあるということです。
 一度、スポーツクラブの運営をすると、オーナーはスポーツの力に気付き、次々と横展開していきます。楽天がJリーグのヴィッセル神戸の後(※2)、プロ野球の経営に乗り出したり、DeNAがプロ野球の後、瀬古利彦さんを招きランニングチームをつくったのはその典型です。

※2 楽天の創業者の設立した会社が2004年に買収。15年に楽天が全株式を譲り受け、経営権を取得した

今後の課題はいかにSDGsとつなげるか

 さらに、企業とアスリートの新しい関わり方も出てきています。
 その一つが、経済同友会の協力で10年から始まった「アスナビ」。企業と現役アスリートをマッチングする、日本オリンピック委員会(JOC)の就職支援制度です。
 登録している選手は、JOCや日本パラリンピック委員会が認定した強化指定選手や、競技団体が推薦した世界のトップを目指すアスリート。現役引退後も会社で仕事を続けるという条件で、企業は彼らを1人から雇用できます。マッチングが成立すれば、アスリートはセカンドキャリアの不安なく競技に取り組める一方、企業は広告効果や社内の活性化が期待できます。個人種目の選手なら年間2000万円程度の支援となり、中小企業でも、選手を通して自社の名を世に広めることが可能です。それに魅力を感じ、20年5月の時点で、約200社の企業が300名を超えるアスリートを採用しているとのデータがあります。
 ブランディングの費用対効果を考えると、今後も企業スポーツは廃れることなく、続いていくでしょう。ただし今後は、スポーツの力を、所属企業のSDGsとどうひも付けるかが課題になります。それがなければ、存在意義が問われるからです。障がい者スポーツの支援など、自社にどのような貢献ができるかを見いだすことが必要です。

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