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ニューノーマル時代の「子育て」を考える(前編)

ニューノーマル時代の「子育て」を考える(前編)

少子化に悩む日本。背景にはさまざまな問題があるが、理由の一つとして、わが国が子どもを育てにくい社会になっていることが挙げられる。それだけに、子ども自身が健やかに育っていける社会、子育てに喜びや楽しみを感じ安心して子どもを産み育てることができる社会の形成が求められている。本特集では、日本の子育ての現状、そしてこれからについて、有識者の考えや昨今誕生した子育て支援サービスなどを通して考えてみたい。

アロマザリングの環境が失われた日本

 少子化が止まらない日本。2020年の出生数は約84万人と第2次ベビーブーム時の半分にも満たず、合計特殊出生率(※)は1.34と低い水準で移行する。
 「少子化に歯止めがかからない原因の一つは『アロマザリング』の環境が失われたこと」
 指摘するのは、日本福祉大学教育・心理学部の渡辺顕一郎教授。研究活動と並行して、香川県善通寺市のNPO法人「子育てネットくすくす」を立ち上げ、地域の子育て拠点を運営した実績を持つ。

※15〜49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので、1人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数に相当する

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渡辺 顕一郎氏
日本福祉大学 教育・心理学部 教授

 アロマザリングとは、動物学で「母親以外による養育行動」を意味する言葉だ。動物の大半の種類は母親だけで子育てをするが、人間はアロマザリングが発達しているという。
 「理由は、人間は一人立ちするまで長い年月を要するからです。1人で生活できるようになるには、20年前後の時間を必要とします。全ての子育てを母親1人ですることは極めて困難です。そこで、父親や祖父母、近所の人などが協力して子育てをしてきました」
 ところが、アロマザリングの環境は、戦後、核家族化や都市化が進み、地域とのつながりが希薄になることで失われてきた。保守的な性別役割分業が根強く残っていたので、専業主婦がもっぱら子育てを担うようになったわけだ。
 平成以降は女性の社会進出が進んだことから共働きの家庭が増えたが、預けられる保育園の不足により待機児童が続出。地域のコミュニティに頼れず、仕事と育児の両立に悩む女性が増えた。
 「周囲の支えが得られず、家庭内でも父親不在の育児を強いられる母親が増えたことが、少子化の原因の一つとして挙げられます」
 子どもを育てやすい環境を取り戻そうと、国も子育て支援を行っている。地域子育て支援拠点事業はその一つ。子育て支援センターや子育てひろばなどの地域子育て支援拠点が全国に約7500カ所設置され、子どもを持つ親を対象に、交流イベントや育児相談などを提供している。しかし、こうした施設の多くが新たな課題に直面している、と渡辺教授は言う。
 「子育て家庭の課題が多様化しているからです。シングルマザー、障がい児を養育する家庭、経済的に困窮している家庭など、多様な家庭に寄り添って支援することが必要な上、『虐待の予防』のような新たな機能も求められるようになりました。子育て支援拠点だけでなく関係機関や団体が協力して、地域全体で子育てを支えていくことが必要とされています」
 そこで期待されるのが、民間企業やNPO法人による子育て支援だ。社会課題を解決しようと、多様な企業や団体がさまざまな取り組みに乗り出している。

近所の知り合いが助け合う仕組みを現代に

 近所の人たちが皆で助け合うコミュニティを現代に合う形で創出したのが、株式会社AsMama(アズママ)だ。2012年に始めた「子育てシェア」は、急なお迎えや託児などがあったときに、近所の顔見知り同士が助け合えるコミュニティサービス。専用アプリで会員登録すると、近所の顔見知りとアプリ上でつながることができ、無料でメッセージが送れるようになる。システム利用料は無料。現在の登録者は全国8万世帯に上る。

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利用者に好評なAsMamaのアプリ「子育てシェア」。送迎・託児、モノ、コトのシェアが可能だ。

 「子供の頃、団地で暮らしていて、自宅の鍵が閉まっていると隣の家に行っていました。このような環境を人工的につくることが必要なのではないかと考えました」
 そう話すのは、この仕組みを考案した同社の甲田恵子代表取締役社長だ。
 「近所の顔見知りの人なら、わざわざアプリを使わず、直接頼めばよいのでは?」と思う人もいるだろう。そこが子育てシェアの肝。近所の人にいきなり「うちの子を預かってほしい」と言うのは憚(はばか)られるが、アプリに登録している顔見知りがいれば、「預かってもよい」という意思があると分かるので、依頼しやすいというわけだ。
 もちろん、顔見知りがアプリに登録しているとは限らない。そこで誰でも顔見知りをつくれるよう、「シェア・コンシェルジュ」というスタッフを用意した。面談や研修を受けてAsMamaが提供する認定資格を取り、年間2000回以上の交流イベントの企画や、託児・送迎の支援を行う。まずシェア・コンシェルジュとつながれば、安心して託児・送迎を依頼できるし、交流イベントで子育て仲間のネットワークを広げられる。

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甲田 恵子氏
株式会社AsMama 代表取締役社長

 また、利用者が、気軽に頼みやすくするために、随所に工夫を凝らした。例えば、アプリのシステム。送迎や託児を頼みたい場合は複数の顔見知りに一斉メッセージを送ることができる。メッセージは「複数の人に送っているうちの1人です。○か×か都合を教えてください」と他の人にも依頼したことが分かる内容なので、相手も断りやすい。
 「○が複数人いて、1人を選んだとしても、選ばれなかった人はそのことが分かりません。『この問題はすでに解決しました。ありがとうございました』と自動でメッセージが送られるので、『頼んでおいて連絡がない』といういざこざも起こらない。絶妙な距離感で頼りあえます」
 「シェア友レベル」というルールも用意した。貸し借りや譲渡などの「モノ」のやり取りや、食事やお出掛けを一緒にする「コト」のやり取りだけを依頼できるレベルと託児まで依頼できる相互関係の有無でレベルを分けている。これならば段階を踏んで信頼関係を築ける。
 託児のお礼の金額は1時間500円と決めている。「無料でよいという方もいるのですが、それだとかえって頼みづらくなります。そこで運営側で金額を設定しました。このような仕組みを整えたことで、これまで人間関係のトラブルは、1件もありません」と甲田社長。
 15年からは、子育てシェアの仕組みを使って、マンション住人の専用コミュニティをつくることにも乗り出した。

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総務省「ICT地域活性化大賞2017」大賞/総務大臣賞の他、いくつもの賞を受賞している。

 「集合住宅に頼り合いコミュニティのインフラがあれば、住民の生活クオリティが上がり、物件価値も上がる。不動産会社としても、売りやすいのではないかと考えました」
 まず東京の新築分譲マンションで試したところマンションが2カ月で完売。その実績から他のマンションにも広がっていったという。
 「子育てのコミュニティだけでなく、大人のヨガサークルができたり、お掃除当番を代わり合ったり、とさまざまな交流が生まれています」
 さらに、日本最小の基礎自治体である富山県舟橋村や奈良県三宅町など、自治体にも子育てシェアの仕組みを持ち込んだ。舟橋村では導入後、出生率が1.5から1.9に増加。三宅町では交流イベントが活発に行われている。
 もっとも、アプリや仕組みを入れるだけでは、コミュニティは機能しない。三宅町の活発な活動を支えるのが、地域の住人でもある20人以上のシェア・コンシェルジュの存在だ。シェア・コンシェルジュの役割は、コミュニティを継続的にサポートすることにある。
 「コミュニティの活性化は短期間では難しく、5年ぐらいの期間が必要です。近年はシニアなどの子育てが終わった世代の方にもシェア・コンシェルジュに加わってもらっています」
 今後は、商業施設や不動産等、拠点を持ち、子育て世帯にアプローチしたい企業や自治体と連携したコミュニティをさらに広げていく意向だ。鉄道会社と連携して、駅ごとのコミュニティをつくることも考えている。

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7割の無関心な父親に子育て参加をしてもらう

 母親が2人目以降の子を産むのをあきらめる大きな原因の一つは、父親が育児に無関心なことだ。厚生労働省の調査によると、夫の休日の家事・育児時間が長くなるほど、第2子以降の産まれる割合が高くなる傾向があるという。夫が家事・育児時間なしの場合は産まれる割合がわずか10%であるのに対し、6時間以上だと87.1%に上る。
 06年に発足したNPO法人ファザーリング・ジャパン(以下、FJ)は、まさに父親の育児参画を後押しするために活動している。「良い父親でなく、笑っている父親を増やす」というミッションを掲げ、日本初の父親学校である「ファザーリング・スクール」や、パートナーが妊娠中のプレパパ期間に親になる心構えやパートナーシップを5回の講座で伝授する「プレパパスクール」などを展開する。「ただ、これらの活動に興味を持つのは、育児や家事を率先して行う3割の男性。残り7割の育児に無関心な男性には届いていません。そこで近年は、育児に無関心な7割の人たちを変える活動に重点を置いています」とFJの塚越学理事は言う。

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塚越 学氏
NPO法人 ファザーリング・ジャパン理事

 近年、FJが力を入れてきたのが、男性の育児休業取得の推進だ。10年に「さんきゅーパパプロジェクト」を発足し、塚越氏がリーダーに就任。改正育児・介護休業法で認められた産後8週間の育児休業「パパ産休」を取得する人を増やそうと、経済的支援やアドバイスなどを行ってきた。
 「女性は出産後の数カ月の育児経験によって、子育て脳に変わると言われています。これは女性だけでなく男性も同じです。私も3人の子がいて、それぞれで育休を取得したのですが、最初に取った産後2週間の育休で子育ての過酷さに衝撃を受け、考え方が大きく変わりました。育児に無関心な7割の人も、昼夜問わず世話が必要な乳児の育児経験を十分すれば、自分を動かすOSがガラッと変わるでしょう」
 7割の無関心層が育児休業を取るには、子どもが産まれたら育児休業を取ることを義務化することが最も有効だ。FJでは、そのような形で、育児・介護休業法の改正を働きかける活動も行ってきた。そのかいあってか、育児・介護休業法が改正され、22年4月より、企業は従業員に対して育児休業を取得する意向を確認することが義務化された。
 法改正の効果を高めるために、今後は企業における両親学級の開催に力を入れていくという。実際、20年12月に21社合同のプレパパ・プレママを対象に行ったところ、非常に好評だった。

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※NPO法人ファザーリング・ジャパン著『新しいパパの教科書』[学研プラス]および同法人資料を参考に作成

 「病院や自治体が行う両親学級では、産まれるまでの話が中心になっています。それに対し、われわれが中心に置くのは産後の話。子育てだけでなく、キャリアの話もしていきます。こうした話を職場で聞ければ、パパも耳を傾けることになる。そこで知識を得た上で育児休業をすれば、よりOSを変えやすくなると考えています」
 育児休業の取得率を上げるためには、管理職の意識を変えることも重要だ。そこで「イクボスプロジェクト」と銘打ち、管理職養成も精力的に行っている。
 「例えば、昭和のOSから更新されていない管理職も、今の時代にあった育児の情報をきちんと伝えれば理解するものです。たまたま管理職が理解のあるイクボスで運が良かったでは、育休取得は広がりません。理想はどの会社の管理職もイクボスであること。女性活躍とイクメンとイクボスの3点セットが揃って、初めて今の時代に合った少子化対策になると考えています」

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※NPO法人ファザーリング・ジャパンHPを参考に作成

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