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貨幣制度の歴史とこれからの貨幣<br>貨幣のゆくえ①

貨幣制度の歴史とこれからの貨幣
貨幣のゆくえ①

古くは物品交換における布、穀物、砂金、貝貨から始まり、支払い・価値の尺度・貯蓄・交換手段といった機能を持つ貨幣。電子マネーなどによるキャッシュレス時代に突入したいま、その機能はこれまでのものを超えて、新たな価値を生み出そうとしている。この先、貨幣はどのようになっていくのか。決済手段という観点から、その未来について考察する。

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岩村充 いわむら・みつる
早稲田大学名誉教授
1950年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、日本銀行入行。企画局兼信用機構局参事などを歴任し、98年より早稲田大学大学院の教授として教鞭を執る。21年より同大学名誉教授。『貨幣進化論』『中央銀行が終わる日』『国家・企業・通貨』(いずれも新潮選書)など著書多数。

貨幣制度の変遷から考える、これからの貨幣

 現在、我々が利用している貨幣制度は、どのような流れの中で成立したのか。制度の変遷とともに、これからの貨幣のあり方について、日本銀行に長年勤めた、早稲田大学の岩村充名誉教授に話を伺った。

現在の貨幣制度の基礎は19世紀に確立された!?

 貨幣の歴史を語る際には、19世紀という時代が非常に重要になります。今の貨幣制度の前身である金本位制が世界に普及し、中央銀行が各国で設立されていった時期だからです。
 また19世紀は、経済成長が始まった時期でもあります。経済学者のマディソンによれば、1世紀から18世紀末まで1人当たりの所得で見た世界経済には、ほとんど変化がありませんでした。それが19世紀に入り、西欧圏を中心に世界は急に成長へとギアを入れ替えたのです。
 この時期、西欧圏の国々は絶対王政から、「国民が国家の主人公である」という国民国家へと移行していました。また人々には私的財産権が認められました。
 財産権が保障されていなかった時代は、人々はいつ権力者からお金を奪われるか分からないので、すぐにお金を使ってしまう傾向がありました。それが財産権が認められたことで、お金を得たら貯蓄をして、さらにお金を増やすために投資をしようという「貯蓄と投資の循環」が起こり始めます。

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イングランド銀行は、軍事費を調達することを目的として1694年に設立された。民間から資金を公募、それを政府に貸すことで、同額の銀行券を発行する特権が与えられた。中央銀行となったのは1844年のことだった

 また19世紀後半以降、多くの株式会社が設立され、投資がしやすい環境も整っていきました。そして、19世紀半ば、イギリス政府から銀行券の独占発行権を与えられたイングランド銀行が中央銀行化したことを皮切りに、西欧圏の国々は相次いで中央銀行制度を導入しました。中央銀行は金庫に金を用意していて、「いつでも銀行券を一定の比率で金に交換します」という約束事が銀行券の信用の裏付けとなり、金本位制が始まったのです。
 こうして人々の間で「貯蓄と投資の循環」が生まれ、株式会社制度の充実によって投資先も広がり、中央銀行が信頼できる通貨を安定的に市場に供給する仕組みが確立されたことで、西欧圏の国々は急成長のエンジンを得たのです。
 ちなみにこの頃の日本はといえば、明治政府のもとに国民国家化を成し遂げ、1885(明治18)年には日本の中央銀行である日本銀行が日本銀行券の発行を開始します。日本も西欧圏の動きにほぼ遅れを取っていませんでした。

ブレトンウッズ体制とは、ドル一元体制だった

 金本位制以前の時代、多くの国々ではさまざまな貨幣が入り交じって流通しており、人々は自分が使う貨幣を自分で選ぶことができました。これに対して金本位制の時代とは、国家が貨幣を管理する時代になったといえます。
 それでも「いつでも銀行券を金に換えられる」という点では人々に選択の余地が残されていました。ところが第2次世界大戦後に敷かれたブレトンウッズ体制では、それも不可能になります。
 従来の金本位制では、各国はそれぞれ自国通貨と金との間に平価を設定し、それを基準に為替レートが決まっていました。一方、ブレトンウッズ体制では、金との間に平価を設定するのは米ドルだけにし、他の通貨は米ドルとの間で為替レートを決めることにしました。世界恐慌や大戦での疲弊により、アメリカ以外の国は、自力で金本位制を維持するのが困難になったためです。
 重要なのは、この制度ではドルを金に換えられるのは体制に参加している通貨当局(政府と中央銀行)だけであり、一般の人々は請求できなくなったことです。また当時各国は自国通貨を発行してはいましたが、ドルを基軸に固定相場制で関係が固定されていたわけですから、この体制に参加していた西側諸国は、実質的にはドル一元体制だったといえます。

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再び貨幣の多様化が進み、貨幣を自由に選べる時代に

 しかし、ブレトンウッズ体制は、やがてアメリカが金の保有を維持することが困難になって崩壊。世界経済は金本位制を手放し、為替は固定相場制から変動相場制へと移行します。このとき「金」という裏付けを失っても、貨幣価値は極端に乱高下することはありませんでした。人々は貨幣が発行される仕組みそのものを信頼したからです。
 変動相場制によって、国家に管理され、選択の余地を奪われていた貨幣を、個人が再び選択できるようになりました。例えば、ブレトンウッズ体制の日本では、固定相場を維持することを理由に、国民に対して外貨の保有を原則禁止していました。しかし変動相場制への移行後、規制は撤廃され、私たちは自由に通貨(外貨)を選べるようになったのです。
 仮想通貨や電子マネー、地域通貨など、現在進行中の貨幣の多様化も、この延長線上にあるといえます。人々が貨幣に求めるものは多様であり、それぞれに応えたいろいろな貨幣が生まれる可能性があるからです。
 これからの貨幣は一般性はなくても、ある一定の人々の間で受容されていれば、貨幣としての条件を備えていると認めてよいのではないかと思います。

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