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「サフィール踊り子」の<br>車両デザインに込めた想い<br>快適な移動空間と輸送サービス(後編)

「サフィール踊り子」の
車両デザインに込めた想い
快適な移動空間と輸送サービス(後編)

2020年にデビューしたJR東日本の「サフィール踊り子」。伊豆への快適なアクセスを追求するためのこだわり、開発に際しての想いを聞いた。

 「大人のIZU 本物のIZU」をコンセプトに、2020年3月にデビューした観光特急列車が「サフィール踊り子」(E261系)だ。運行区間は東京/新宿-伊豆急下田間。これまでは「踊り子」と「スーパービュー踊り子」が運行されていた区間だが、「スーパービュー踊り子」に置き換わる形で、「サフィール踊り子」が導入された。開発責任者を務めたJR東日本鉄道事業本部運輸車両部車両技術センターの菊地隆寛所長は、開発の経緯をこう説明する。
 「伊豆は、従来の踊り子だけでなく、新幹線や在来線、自動車など、多様な手段でアクセスできます。しかし、『移動時間を快適に楽しく過ごす』ことに主眼を置いた移動手段はありませんでした。そうした特急列車を開発すれば、埋もれていたニーズを掘り起こせるのではないかと考えたのです」

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菊地 隆寛
JR東日本 鉄道事業本部 運輸車両部 車両技術センター 所長

 クルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」や新幹線E6系・E7系などのデザインを手掛けた工業デザイナー・奥山清行氏にデザインを依頼し、上質な移動空間を追求。3年がかりで車両を完成させた。

プレミアムグリーンとグリーン個室を用意

 「サフィール踊り子」の最大の特長は、全席をグリーン席とすることで、ストレスなく鉄道の旅を楽しめる車両空間だ。
 「何をもって『快適』とするかは、列車によって異なります。『サフィール踊り子』の乗客にとって、最も快適な形は何かを考えました。四季島や、その他の乗って楽しむ列車ではなく、あくまで快適にアクセスできる特急であることを意識しました」(菊地所長)
 目玉は、1号車のプレミアムグリーン。座席は1列+1列とゆったり余裕を持った配置にした。荷棚を排して、日が差し込む天窓と側窓(がわまど)を設けることで、まるで野外で日なたぼっこをするような、開放的な空間を生み出した。窓の方向に最大30度まで席を回して、車窓からの景色を楽しむことも可能だ。本革を使用した、レッグレスト付きの電動リクライニングシートも、体と心を休めるのに一役買っている。

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1号車のプレミアムグリーンは1列+1列の座席。本革を使用したシートは電動リクライニングで、窓側に回転させることができる

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足元には荷物の収納スペースを確保した

 家族連れや複数の友人と旅行する人を想定し、2~3号車にはグリーン個室を用意した。4名利用と6名利用の2タイプがあり、いずれも、ゆったりくつろげるソファ席。「照明も、食事をしているとき、リラックスしたいときなど、最大4パターンを選べるようにしました。ちょっとした遊び心です」と話すのは、インテリアを担当した同センター在来線車両グループの天沼秀章さんだ。

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2・3号車はグリーン個室。1~4名用(写真)と1~6名用の2タイプが用意されている

 5~8号車のグリーン車も、2列+1列のゆったりとした座席配置で、シートは新幹線E5系のグリーン車で使われているリクライニングシートを採用。普通の特急列車ではなかなか見られない最高グレードの環境になっている。

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5〜8号車のグリーン車は2列+1列の座席とし、広々としたリクライニングシートを配置

 4号車にはカフェテリアも設けた。ミシュランで二つ星を獲得した日本料理店「傳(でん)」の長谷川在佑料理長が監修したヌードルや、ドリンクなどを景色と共に堪能することができる。
 「ヌードルを選んだのは、目的地の伊豆でのお食事とメニューがかぶらないようにするためです。またインバウンドを意識して、日本の麺文化に触れていただく狙いもあります」(菊地所長)

(注)2021年4月1日より、同列車のカフェテリアメニューは変更となりました。

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4号車のカフェテリアでは、テーブル席とカウンター席がある

素材選びに2年 共通化などでコスト削減

 このように快適空間を追求した「サフィール踊り子」だが、かけられるコストには限りがあり開発は難航した。
 「毎日運行する列車なので、耐久性やメンテナンスのしやすさも重要です。そうした制約の中で、いかにワンランク上の乗り心地を実現させるか、知恵を絞りました」(菊地所長)
 中でも難航したのは素材選びだった。「サフィール踊り子」は2編成のみの製造計画だったため、量産によるコストダウンが図りづらい。高級感を出すために、デザイナーからは天然の石や木を使いたいという要望があったが、コストや加工のしやすさ、メンテナンスのしやすさなどを考えると、簡単には使えない。しかし、コストや機能ばかり考えると、高級感が損なわれ、デザインの世界観が表現できなくなる。
 「そこで、素材メーカーにいくつもサンプルを持ってきていただき、試行錯誤を繰り返しました。また、デザインの異なる号車の中でも、共通化できる素材を見つけることで、コストダウンを図っています。全ての素材が決まるまでには、2年近くかかりました」(天沼さん)

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天沼 秀章
JR東日本 鉄道事業本部 運輸車両部 車両技術センター 在来線車両グループ
(現 仙台支社郡山総合車両センター 技術科)

 乗り心地を大きく左右する台車の部分は、他の列車でも使われているものを採用することで、開発コストを抑えたという。「そのおかげで、通常は両先頭車とグリーン車のみに使用するフルアクティブサスペンション(※)を全車両に採用することができ、カーブなどでの揺れが少ない、快適な乗り心地を実現できました」と話すのは、台車などの装置や機器類を担当した同センターシステム機械グループの水澤貴人さんだ。

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水澤 貴人
JR東日本 鉄道事業本部 運輸車両部 車両技術センター システム機械グループ

 1号車の座席配置についても、試行錯誤を重ねている。当初は座席が45度回るようにしていたが、側壁や隣の席のお客さまに足が当たってしまう。レッグレストを出したり、座面を前後にスライドさせたりすると、さらに足は当たりやすくなった。
 「荷物の棚を排し、荷物の置き場がなくなったため、座席の下に荷物を置けるようにしたのですが、そうすると座面が高くなり、座りにくくなる......。全てを満たすバランスを見つけるために微調整を繰り返しました」と天沼さんは語る。
 「『サフィール踊り子』で親と旅をした子どもが大きくなって、その子どもや孫を乗せ、再びサフィールで旅行をする。そんな息の長い列車になってくれれば嬉しいですね」(水澤さん)
 「サフィール踊り子」の快適性なら、そんなドラマが生まれても不思議はない。
 旅するごとに異なるタイプの客室で、その乗り心地を試してみたくなる、乗る人の遊び心もくすぐる魅力的な空間がここにはある。

※ 揺れが発生した際、揺れる方向と逆向きの力を発生させて、揺れを減衰させる装置


上質・高級で優雅な旅を提供するための車両デザイン

 サフィール(Saphir)とは、宝石のサファイヤを意味するフランス語。青く輝く美しい伊豆の海と空をイメージし、上質・高級で優雅な旅を楽しんでもらいたいとの願いから、「サフィール踊り子」と名付けられた。
 車両のデザインを手掛けたのは、世界的なプロダクトデザイナー・奥山清行氏が代表を務めるKEN OKUYAMA DESIGN。フォルムは特急列車らしい疾走感を持たせ、外装は伊豆の海と空をイメージさせるメタリックブルー(伊豆アズール)を基調にまとわせた。
 天井には両側に天窓を配置。太陽光が降り注ぐ開放感のある空間で、伊豆半島の素晴らしい景色を見渡せるようにした。
 全席グリーン席で、その内装は、各車両それぞれが異なる特徴を持つ、魅力的な移動空間となるようにデザインされ、快適な乗り心地が実現されている。

KEN OKUYAMA DESIGN による
「サフィール踊り子」デザインの道程

Interior
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内装1

外観と内装デザインの初期ラフスケッチ。居住性や視野などから基本的な配置を検討している段階


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内装2

初期の内装ラフスケッチ。伊豆へ向かう車両のコンセプトをもとに、展望性や居住性の高いレイアウトを検討している段階


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内装3

ラフスケッチを発展させ、眺望と椅子の形状、素材感や色計画などを探っている段階。ここでは光の捉え方も重要な検討要素となる


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内装4 最終

3Dデータで作成したリアルな空間に、具体的な素材を当てながら検討した最終パース。後出の外装5と共にプレス発表に使われた


Exterior
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外装1

外観と内装デザインの初期ラフスケッチ。居住性や視野などから基本的な配置を検討している段階


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外装2

外観のラフスケッチ。造形の方向性や面構成を手描きで検討している段階。この時点ではまだ複数案がある


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外装3

デザインの方向性が決定したらCGを用いて沿線とのマッチングや色彩計画などさまざまな検討を行う


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外装4

方向性が決定した外観について、空力、運転士視野や灯具の照射範囲、パネルの構成など、3Dデータで細かく造形していく


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外装5 最終

デザイン決定用の最終パース。このデザインでプレス発表を行い、同時に車両メーカーとの詳細設計に入った


画像提供:株式会社KEN OKUYAMA DESIGN

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