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今、「ジビエ」が注目される理由<br>信州ジビエのチカラ(前編)

今、「ジビエ」が注目される理由
信州ジビエのチカラ(前編)

フランス語で、獲物を指す「ジビエ(=gibier)」。狩猟によって食用に捕獲された野生の鳥獣を意味し、ヨーロッパでは、その独特の風味と力強さから高級食材とされ、産地には多数の観光客が訪れるほどの人気を博している。日本でも、少しずつ魅力が知られ、フランス料理店などで提供、近年では、大手レストランチェーンや産地の飲食店でも食べられるようになった。なぜ、今、「ジビエ」なのか。その背景について、ジビエ振興に携わる人たちに話を伺った。

今、「ジビエ」が注目される理由

 もともと日本にはないジビエという文化。だが、最近では、さまざまな飲食店で「ジビエ」を目にすることが増えた。現在のジビエブームの立役者の一人である「オーベルジュ・エスポワール」のオーナーシェフ・藤木徳彦氏にここに至るまでの道のりを伺った。

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藤木徳彦 ふじき・のりひこ
東京都出身。1998年長野県蓼科に「オーベルジュ・エスポワール」オープン、オーナーシェフを務める。オープン当初から地産地消のレストランとして、秋から冬はジビエを提供する中、全国に広がる野生獣による農林業への被害に直面。捕獲してただ捨てられる野生獣を美味しく調理して、人間の命の糧とするべきだという思いから、料理人としてジビエの価値や調理方法を伝道することを決意する。松本大学人間健康学部健康栄養学科、松本第一高等学校食物科、エコール 辻 東京特別講師。

 手塩にかけて育て上げた作物を、出荷寸前に鹿や猪などに食い荒らされる......。鳥獣害が、農山村地域で深刻な問題になっている。農林水産省によると、野生鳥獣による農作物被害額は2018年度で158億円。10年の239億円と比べると減ってはいるが、依然として大きな損失が出ている。

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出典:「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について」(農林水産省)

 「鳥獣害の最大の問題点は、地域の衰退を引き起こすこと。出荷寸前の作物が何度も被害に遭えば、『これ以上続けられない』と農業を辞める人が増えます。また、高山植物が食い荒らされれば、観光資源を失いかねません。すでに絶滅寸前の植物もあると聞きます」
 そう話すのは、フレンチレストラン「オーベルジュ・エスポワール」のオーナーシェフである藤木徳彦氏。同店は、ジビエ料理の名店として広く知られる。藤木氏がジビエ料理に取り組み始めたのは、まさにこの鳥獣害を聞いたことがきっかけの一つであったという。
 「オーベルジュ・エスポワールは1998年にオープンしたのですが、地産地消の食材を探していたとき、お客さまのご家族が狩った鹿の肉を調理したらとても美味しく、信州の鹿が店の目玉になることに気付いたんです。その一方で、野菜を仕入れている農家から『獣害はまっぴら。来年はもう農業をしない』と聞き、そんな農家を守りたいと考えた。そうしたことがあり、オープンからジビエ料理を始めたんです」

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まるでヨーロッパの山荘のようなオーベルジュ・エスポワールの外観。宿泊施設も備えている

 鳥獣害を減らす解決策として、「ジビエとしての利活用を進める」という方法がある。環境省の調べによると、鹿と猪の捕獲頭数は合わせて年間約117万頭。だが、ジビエとして活用されているのはわずか7%程度で、残りは廃棄されている。これらを食用としてもっと活用すれば、実際に捕獲する猟師にとってはこれまで以上の収入となる。結果、積極的に鹿や猪を捕獲するようになり、頭数を減らすことができる。さらに、ジビエを地域の観光資源にすれば、地域活性化にもつながる。
 「しかし、ジビエの利活用にはさまざまな課題があります。野生の鹿や猪は『臭い』『硬い』といったマイナスイメージがありますし、流通量が少ないのでまだまだ高価。加えて、当時は肉の処理・加工をする際の衛生管理ルールも定まっていませんでした。一般のスーパーなどで流通させるには、きちんとした衛生基準が不可欠です」
 近年は、国や地方自治体がジビエ利活用の課題に取り組み始めた。国は市町村への財政支援を拡大し、各市町村が独自の振興策を展開。14年に厚生労働省が衛生管理のガイドラインを策定すると、18年には農林水産省が「国産ジビエ認証制度」を制定した。これは衛生的に肉を処理し、トレーサビリティを確保している処理施設に対して、お墨付きを与える制度。認証を受けた施設で処理された肉なら、安心できるというわけだ。
 それら国や地方自治体のジビエ振興策をバックアップしてきたのが、藤木氏が代表理事を務める日本ジビエ振興協会。12年に設立、17年に一般社団法人化された。

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国産ジビエ認証マークは、認証を受けた食肉処理施設で生産された製品に貼付できる

地産地消の食材 ジビエの魅力

 「ジビエを目当てに遠方から訪れるお客さまが増え、店の評判が広まると、長野県から『ノウハウを地元の飲食店に教えてほしい』と依頼されました」と藤木氏。
 藤木氏が「信州ジビエ」を地場のブランドにしようと提案したり、07年に県と衛生管理に関するガイドラインを策定したりするうちに、活動は全国規模に拡大していった。現在、日本ジビエ振興協会は、ジビエの利活用拡大に必要なさまざまな事業を手掛けている。

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藤木シェフは鹿や猪以外のジビエも扱う。「ツキノワグマのポワレ」もその一つだ

 その一つが「ジビエ普及の促進事業」。ジビエが、臭い・硬いと思われる理由は、肉質よりも調理法に問題があることが少なくない。鹿や猪は脂肪分が少なく、牛や豚と同じ感覚で焼くとパサパサになってしまう。そこで料理人や一般の人を対象にしたセミナーや料理コンテストなどを開催。ジビエの魅力を広める商品開発にも携わっているという。他に、「処理施設認証事業」にも力を入れている。
 「実は、農水省の『国産ジビエ認証制度』は私たちの提案から生まれたもので、制度内容の検討にも加わりました」
 協会自身も認証機関の一つとして活動。処理施設向けに、解体処理の講習を実施し、山の中で素早く処理できる『ジビエカー』も、長野トヨタ自動車と共同開発した。

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ジビエの調理法を伝えるべく、料理人や一般向けにセミナーを精力的に行っている

ジビエ振興をJR東日本グループと共に

 「振興活動をする中で、協力していただいたのが、JR東日本グループの各社です」と藤木氏は振り返る。発端は、09年にJR東日本の長野支社に鹿肉を売り込んだことだ。「鹿肉が売れずに困っていた処理施設に協力するため、『鹿によって列車が止まることも減るかもしれません』とお話しました」
 この話を受け、日本レストランエンタプライズとジェイアール東日本フードビジネス(現・両社ともにJR東日本フーズ)で、駅弁やカレーなどの材料として鹿肉を試してみることになった。このカレーが1店舗で日に70食売れるほどの人気となり、2年、3年と続いていった。
 さらに、13年にはジェイアール東日本フードビジネスで「信州ジビエ鹿肉バーガー」が発売される。
 「ジューシーに食べられる鹿肉バーグのレシピを提供したところ、用意した8千食が1カ月を待たずに完売。以来、毎年期間限定で発売され続けています。野生の鹿肉を毎年1t以上も用意するのは大変でしたが、狩猟から加工までの体制を整えることで、安定供給できるようになりました」
 これを契機に、これまで敬遠していた飲食チェーンもジビエを扱い始めた。
 「このハンバーガーの発売は、大手飲食チェーンに卸す上で必要なことも学ばせてくれました。その経験が、国産ジビエ認証制度を制定する際にも役立ちました」
 例えば、ジビエは銃で仕留めるので、銃弾が肉に混入することが珍しくない。だが、それは大手では絶対に許されない。認証制度で金属探知機の設置を義務付けたのは、その経験が元となっている。
 「10年前と比べると、ジビエは一般的になりつつありますが、まだまだ序の口です。牛や豚と並んで気軽に食べられる食文化として定着させるために、引き続き、JR東日本グループ各社と連携して、ジビエ振興に取り組めればと考えています」

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オーベルジュ・エスポワールの店内はサンテラスやオープンデッキも備え、蓼科の四季折々の自然が感じられる

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地下に備えられたワインセラーには、シェフやスタッフの集めた逸品が寝かされている

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